第二十八話 覚醒前夜

 ――創作なんてものはエゴの塊よ。


 天津風はそう口火を切った。


「あなたが読者のために一生懸命になっていたのは聞いた。その気持ちも分からなくはない。世に出す以上、創作物は他者の評価を求め続けるのだから。

 ――でも、そもそも他者ってなんなのよ」


「他者……?」


 彼女は問いかける。

 他者とは何か。何者か。

 ……それは自分以外の人間だ――と、そんなチャチな答えはきっと違う気がして、俺は探り探り言葉を継いでいく。


「創作物に対しての他者っていうのは、読者であったり、鑑賞者だったり……いや、でもコマーシャルは読者でない人に対するものだから、やっぱり自分以外の――その作品を目にすることの出来る範囲内にいる他人、じゃないか」


「コマーシャルね……随分と商業的な見方をするのね」


「そりゃ天津風の言った通り、創作物は他者の評価を――」


 それなら。

 彼女は口を挟む。


「商業的な見方をするというのなら、そのコマーシャルというのは誰かをターゲティングしてるわけよね」


「え、まぁそうだな」


 俺の作品の場合は若年層だな。テーマとして『青春』を扱っているわけだし。


「なら、あなたの言う他者には階層があるということよね。あなたの小説を売り込みたい客層と、そこまでして売らなくてもいい客層とが」


「もう少し言葉を選んでくれよ」


「私があなたみたいな言葉遊びをすると思って?」


 逆に胸を張って質問する彼女。答えは明らかだった。 

 言葉で遊ぶの、楽しいのになぁ。

 でもまぁ、彼女の言う言葉遊びってのは要するに、言い訳、に近しいものなのだろうが。


「そもそも読者、お客さんなんて呼び方をするから変なタブー感が出るのよ。普通の人間関係でも、合う合わないだとか、互いの距離感とかがあるでしょう? それと同じよ。全員に好かれようとするなんて到底無理な話なのよ。八方美人なんて、よく見ればただのじゃないの」


「いや、別に八方美人を美人の分類としているわけじゃないけどな」


 あの子はクール系、あのセーターの子はフェミニン系、あのスネ夫みたいな子は八方美人系、みたいな。

 明らかに悪口である。スネ夫ごめんな。


「そろそろ劇場版でスネ夫が活躍しても良いと思うのよね」


 突然、なんの脈略もなく彼女は言った。

 俺のモノローグを読むんじゃないよ。


「おい」


 確かに同感だけどさ。


「のび太のガンマン特技とか、ジャイアンのここぞという時のイケメン感は言わずもがな、鉄人兵団の時のしずかちゃんのシーンは歴代有数の泣きどころよね。でもスネ夫って本当に見どころないじゃないの。ギリギリまで『ママ~』って叫ぶだけだし、追い込まれてやっと涙目になってのび太達に着いていくだけって、結構ヤバいわよね」


「明らかな余談の時に一番喋るの良くないと思うな!」


 なんだ、お前ドラえもんのファンなのか。なんかここ最近で一番真剣な目をしてたぞ。

 いや、まぁ月曜日から会ってないんだけどさ。一体何をやっていたんだか。


「一般的な人間はやはりのび太に感情移入するのかもしれないけれど、一番人間的なのはスネ夫だと思うのよね。実は皆スネ夫なのよ」


「俺はおフランス製のラジコンなんて持ってないぞ」


「私は持ってるわ」


「持ってんのかよ」


「……それでね」


 この会話の空虚さに気付いたのか、気を取り直すように咳ばらいをして、天津風。


「ジャイアンって人気じゃない」


「え、あ、まぁ人気といえば人気だな」


 なんだかんだカッコいいし。


「あの自分が絶対正義なんて言ってるデブがよ?」


「すげぇな。悪口以外のなにものでもねぇや」


 俺が裏でこんなこと言われてたら流石に凹むなぁ……。

 まぁ、こいつの場合土管の陰に隠れることなくジャイアンの正面切って言うんだろうけど。


「日頃暴力ばっかで平気で窃盗強盗を合法化するようなヤツなのに、野球するときは毎回九人集まるし、土管広場にも基本誰かといるじゃない。視聴者である私たちも、事実ああいうキャラを認めてしまっているわよね」


「でも嫌いな奴だっているだろ」


「そりゃいると思うわよ。でも今日のドラえもん人気は、結局のところキャラクターと設定とシナリオの総合力のおかげであって、そこには必ずジャイアンのキャラクター人気があるのよ」


 ――嫌い、というマイナス評価を覆すほどのね。と、天津風。


 本当、やけに熱心に語っているのがなんだかな、って感じ。いいんだけど。その興味をもう少し学校生活に向けてもいいのではと思うわけで。

 もちろん口には出さないが。


「それで、俺はこのまま天津風のドラえもん評価ブログの内容を聞いていればいいのか?」


 言うと、彼女の薄紅の唇がきゅっと結ばれる。そこに色気を感じてしまうのはきっと男のさがだろう。


「……あなた、せっかちというより、実は話したがりなのかしらね。なるほど、そりゃそうよね」


「ん、なんだよ。ツッコみ役として聞き捨てならないぞ」


「あら、別にツッコミ役がおしゃべりでもいいじゃないのよ。むしろ安心したわ。あなたのベクトルがまだ外向きを向いていて」


「……確かにそうだな。否定は出来ない」


 それこそボケよりツッコミの方が喋るお笑いコンビだっているだろうし。

 なんだろう完全に言い負けた気分だ。


「ほんと、あなたって固いのよ。今回だって、書けなくなった理由だってきっとそう。自縄自縛って感じね。百科事典で見たときはこんなバカなことあるものかと思っていたものだけれど、世間って広いのね」


 本当に、いつになく饒舌な天津風。心なしか楽し気に見えるのは気のせいだろうか。


「……何よ、そんな生暖かい目で見ないでちょうだい」


「あ、ごめん。楽しそうだなって思ってな。お前がまさかそんなこと思うわけ――」


 すると、天津風は心外だというように眉をひそめて言う。


「何言ってるのよ。会話していてつまらない人間と話すわけがないでしょう。というかこの間も同じこと言ったわよね。本当にあなたって他人ひとの話聞いているようで聞いていないわね。小説家ってやっぱりそういう人種なのかしら」


 呆れたようにため息をつく天津風。


「心外だな。お前の言ったことなら大体覚えてるぞ」


「……そう。だったら何故あなたは私とあなたが付き合ってるとかいう噂話をわざわざ取り上げたのかしら」


「いや、だからそれだとお前が困ると思って――」


 言いかけて、はたと気づく。

 そうだ。

 同じようなことを言われた記憶がある、と。

 同じことを考えた記憶がある、と。


 勝手に見下していたのは。

 本文に書いてもいないことを勝手に空想したのは、この俺だったのだ。


 はは。

 あぁ、笑けてくるな。これは……。

 乾いた笑いを漏らす俺を見て、天津風はゆっくりと息を吸う。


「気づいたようだけれど、言わせてもらうわ――」



 ――私、あなたとウワサされて嫌だなんて思ってないわよ。



 彼女は笑った。

 恐ろしいほど凄絶に、美しく。


 

 天津風夜霧は悪魔だ。


 創作に憑りつかれ、同じ側へと引きずり込む悪魔。

 

 それのなんと……美しいことか。


 


 



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