第二十六話 私の感想を踏まえた回想2
年齢十七。
身長は百七十二センチメートル。体重は六十キロの細身。
黒髪をだらしなく伸ばした冴えない男子高校生――に、なる前の話。
昔から活字が好きで、皆がドッヂボールをしている最中にもペリーの偉人伝を読んでいるような、そんな陰気な子だったという。
そんな彼が消費から創作に意識を傾けるようになったきっかけ。
「伽藍君の作文は面白いね」
小学校五年の担任にそう褒められたのだそうだ。
作文用紙につけられた花丸ふたつ。それを見せながら彼は妹である伽藍立に自慢したそうだ(この話は私を使った女から聞いたもので、その女は妹から聞いたらしいので、つまりは伝聞の伝聞ということになる)。
たったそれだけ。
その一言。
教師だってきっと意識なんてしていなかったであろうその一言で、彼は小説を書き始めたのだそうだ。
もっとも、元から本好きというのはあっただろうし、国語の成績もすこぶるよかったという自信も要素としてはあるのだろうが、やはりその一言がきっかけになったのは確かだろうということだった。
彼自身、某紙のインタビューでそう答えているらしいし。
さて、そこから始まった彼の創作人生であるが、その道は苦労の連続だったらしい。
創作者なら抱えて当然の悩みや、スタートの早さゆえの問題。学業との両立などなど。両親曰く、あの頃の彼はいつも頭を抱えていたという。
まぁ、それは想像に難くなかった。
彼の創作に対する異様な情熱。今はその大半が私に向けられているけれど、当時はその百パーセントが自分の小説に向けられていたのだ。
いわゆる完璧主義というやつね。
求めていけないと分かっているのに、どうしても求めてしまうもの。求めざるを得ないもの。
そのためか、彼の文体は一文一文に無駄がない精緻で理性的なものだ……そうだ。
私には文章の評価法なんて分からないけれど、確かに、彼の文章は整っていて、調和がとれているように見えた。
古典的主義的な、形式美をもった
文才あふれる――。
才能。
ここで、私の価値観について話そう。
『99パーセントの努力と1パーセントの閃き』
アインシュタインが言ったとされるあまりにも有名な言葉である。
彼の言葉を信用するには、私は彼の人となりについて無知であるけれど、その言葉については大いに賛成だ。
99パーセントの努力も、1パーセントの才能なしでは無意味なのだ。
ここで勘違いしてもらいたくはない。
――逆説的に。
努力は前提なのだ。
彼も私も、才能やら天才やらと連呼しているが、その前段階には99パーセントの努力がある。頑張りがある。
才能はその土台の上に立つもので、クリスマスツリーの星のようなものだ。努力というツリーがなければ頂点で輝くことはない。
当たり前である。
そもそも才能にしたって、そも創作物に関してはひとそれぞれ好き嫌いがある。
その人が私の好きな絵柄をしている。
ということについて、才能という単語を広義に捉えるならば、その作家がその絵柄を描けることもまた才能である。
才能を測る絶対的な物差しは無い。自分の才能とは本来他者から客観的に評価されるものであり、他人の才能とは己が主観的に判断するものなのだ。
そのうえで、矛盾を孕んでいると知っていながら、私は才能を自認する。
私は天才なのだと胸を張っている。
それが私。
高慢ちきな私。
……もっとも、『青春欠乏症』にかからなければこんな自己分析をする必要もなかったのだけれど。
高慢の何がいけないのだろう。自分に適当な評価をつけることの何が問題なのか。こんな性格でもしてなければとても創作なんて出来るわけがない。この私の独りよがりな性格も、才能のひとつだと捉えているくらいだ。
――以上、これは私の話。
話題を戻そう。
といっても、話は繋がるのだけれど。
彼は、純粋なる創作者というより、エンターテイナーとしての傾向が強いようだ。
というのも、以前の私は、彼が自己否定的な人間なだけだと思っていたのだが、それは結果論的な意味合いが強いのだと、あの女は言っていた。
才能は他者が認めるもの。
評価は他者が定めるもの。
ならば自分は他者のためのもの。
三つめは言い過ぎかもしれないけれど、それを言い過ぎだとも思わないのが彼なのだと、あの女は肩をすくめていた。
これは彼の我が薄いというのではない。
むしろ、『読者を楽しませたい』という強い信念が引き起こした弊害なようなものだ。
そんな彼だからこそ。
クリエイターとしてある種の理想の域にある彼だからこそ。
耐えることが出来なかった。
『つまらない』
彼の元に届いたファンレター。
たった一言、それだけが直筆で書かれていたのだという。
受け取った当初は何ともない素振りをしていたそうだが、それから数日後。
彼は筆を折った。
心は既に、残酷過ぎるその五文字を目に入れた瞬間に折れて散々バラバラになっていたのだろう。
――ただの嫌がらせだろう。気にすることは無い。
周囲の人間はそう励ましたそうだが、結局彼は立ち直ることが出来なかった。
その時彼は中学二年生。世間から神童とさえ呼ばれた彼は、呆気なく作家としての人生を終えた。
皮肉にも、何気ない教師の一言から始まった作家人生は、顔も名も知らない人間の一言によって終わったのだった。
バカらしい。
私はそう思ったし、今でもそう思っている。中二の頃の私なら意地でも住所を特定して乗り込んでやることだろう。
本当にあなたの心はプレパラートよりも薄いのねとバカにしたくなる。というかそうするつもりだけれど。
何かを創り、魅せる人間の極致にある彼に、この私は何を言えるのだろうか。
あんな言葉気にせずに書け。と。
笑える。
笑えるくらいに――残酷だ。
詳しくは知らないのだけれど、彼はよく分からない先輩(どんな関わりがあったのかを私は知らない)に『己を見下している』と言われて、それで倒れてしまったそうだ。
それでは話が繋がらないように思えるけれど、彼のことだから、どうせ自分を信じてくれた読者――つまり私たちを裏切ったとか、そういう風に思っているのだろう。
本当に馬鹿じゃないの。
そして、そんな馬鹿に気を遣おうとした私も馬鹿だったというわけ。
残酷って……?
そんなの知ったことか。私は既に告げている。
あの夜、同じベッドの上で。
だからあの時のように気を使う必要はもうない。義理は果たした。
あとは、言いたいように言うだけだ。
私が青春を送るためにも、あなたには青春を送るべきなのだから。
※
「だから言ったじゃない。あなたには書くしか能がないのよ」
――白い病室。
無機質な空間にだらしなく横たわる彼に向かって、私は言葉を投げかける。
……私が初めて。
初めて誰かのために描いた、絵を手にして。
滑稽過ぎて笑えもしない。
これじゃまるで私があなたのファンみたいじゃない――。
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