第二十一話 推理ごっこと犯人の正体
「廊下でやたら君の名前を聞くものだから何があったのかと思ったんだけど……ふむふむ、なるほどねぇー。私なら飛び降りてるわー」
メンヘラでお馴染み、司書でちょっとした知り合いであるこの女、
「で、なんか推理は出来ましたか」
「あれあれ、私が来たのに不機嫌なまま? 私泣いちゃうよー」
結は人差し指を曲げて目の下を擦る。泣いてるふりのつもりなのだろうが、もうウザい。
「昨日から大変だったんですよ」
「んー、でも私といるときって航くん基本不機嫌だよね。なんで、ねぇなんで」
結が下から覗き込むようにずいずいっと寄ってくる。縮まった距離の二乗分、胸部の迫力が増す。こういうのを巨乳っていうんだろうな。本物ってすげー。
「別にそんなことありませんよ」
俺は胸からなんとか目を逸らして言う。
「いーやそうだよ。そうやってすぐ目を逸らすんだもん」
しつこいな……。ほんと、姉妹揃って面倒とは、DNAにスケトウダラのすり身でも混ざってんのか。
「言ってもいいですけど、気にしないでくださいよ。色々面倒なんで」
「ワタル君とはもう長い付き合いじゃないの、だいじょーぶだいじょーぶ」
安心しなさい、とでも言うように、結はぽむっと胸を叩く。
「じゃあ言いますけど、あのですね、どうしても思い出しちゃうんですよ、あなたの姉の顔を」
この人の姉。
俺と結との接点になった女性であり――。
「あははは! なるほどね~。編集の時ボロクソ言われてたもんねー」
「何度か自殺を考えましたよ」
「じゃ今度一緒に青木ヶ原行く?」
「行きません!」
「ありゃま、残念。でもまぁそうだねー、お姉ちゃん、鬼の編集長って有名だもんねー」
「鬼というか、あれはもう
鬼の編集長。結の姉は俺がお世話になった出版社の名物編集だ。
当時、俺が新人賞を受賞し天才中学生だなんだと持て囃されている時に、
『あはは、君はラッキーだったね。他に面白いものが無くてさ』
と言い放ち煙草をふかすような――端的に言ってしまえば、やべぇ奴、である。
がさつで乱暴で、それでいて――仕事は細やかで的確。なので頼らざるを得なかったのが本当にしんどかった。
「まぁ、私は私だから、あんな姉とは一緒にしないで欲しいな」
「顔が似てるってだけで別に一緒に考えてはいませんよ。まぁ、違うベクトルで面倒だとは思いますが」
姉妹揃ってキャラが濃いところな。しかも悪い方向に。
「やだなー、一時間おきにどんな死に方が一番辛くないか考えてる私が面倒なわけないじゃない」
「それを面倒だと思っていない時点で面倒ですよ」
俺は肩をすくめて言った。
「そうなの? 本当にそう思われてるとしたら十秒以内にフォローしてくれないと病むよ。私時限性鬱なの」
肩をがくんと落ち込ませて、しくしくと泣き始める結。
「あんた本当に面倒だな!」
「あと八秒……七秒……二秒……」
しかも狂ってやがる。
「あー、えーと、美人で胸がデカい!」
「外見以外で」
結がむっと、唇を尖らせる。マジで面倒だ。
「面倒……面倒見がいいとこだ!」
「にゃは、ありがとー」
そう言って、今にも死にそうだった結が一転、満面の笑みを浮かべた。情緒不安定もここまでくると怖いな。
「なんのためにここに来たんですか.......邪魔するだけなら帰ってくださいよ」
「そんなのこと言わないでよー。そもそも犯人探しなんてよくないと思うな、私。高校生なんてウワサ話とマックで出来てるようなものでしょ?」
「俺がそんな俗っぽいもので出来てるかは知りませんが、別に今回のことは責めるつもりはありませんよ。ただ、次からはこういうことがないように言うだけです」
「へー、いつも事なかれ主義なのに創作のことになると途端に人が変わるよね、君って。今回は創作のためっていうか、あの子のためか」
勝手に納得したように頷く。
「あの子?」
「別にとぼけなくてもいいよ。おおよその事情は訊いたからね」
あの時、天津風が俺に偽の告白をしたとき、結はすぐ隣の司書室にいたはず。盗み聞きをしていたのだろう。この学校には趣味の悪い奴しかいないのか。
「あの気の強そうな子がそんなに気に入った? 確かにすごい綺麗な子だもんね。意外と面食い?」
「あいつに関しては見た目のアドバンテージを内面で打ち消してますからね、別にそういうわけじゃありませんよ。絵が描けなきゃただの人格破綻者ですよ、あいつは」
空気が読める超能力者――そんな見えもしない同調圧力に屈する人間とは話す気が無い。天津風はクラスでもポジションを位置づける自己紹介で、そうのたまった。
ただの異常者だ。ほんと。
「こんな絵を見せられなければ、あんなやつとは近づいてませんよ。もしそうだったら、俺はもっと普通の、友達とマックに言って噂話をして、喧嘩して仲直りして、そんな人並みな青春を送れたはずなんだ」
すると、結は僕を見て、そして大きく笑った。
「あはははは! なに、航君。君は本気で言っているの? ふふっ――冗談言わないでよ! 君がそんなもので満足できるわけないじゃない!」
大笑いする結を見て、俺は戸惑う。
「満足出来ない……?」
「お姉ちゃん――元を辿れば立ちゃんからになるのかな、まぁいいや。とにかく聞いてるよ、君が毎晩パソコンの前で頭を抱えながら、何も書けずにいるって。普通の人はね、そんなことしないよ。知ってた?」
「煽ってるんですか」
「まぁ、そういう風に聞こえるのならそうなのかもね。私から見ても相当病んでるよ、航君は。そんな創作に憑りつかれた人間が、ただ消費するだけの時間を『青春』と呼べるわけがない。だってそうでしょ? だから君は死ぬんだもん」
「……」
俺は言葉を返すことが出来なかった。多分、結の言う通りだったから。よく考えればその通り。俺がそれで満足できるのなら、余命宣告なんてくらっちゃいない。
「あぁ、ごめんね。別に責める気はないからさー」
言って、結は俺の後ろにあるキャンバスを眺める。
「うん。これはすごいね。素人目にも凄いって分かるよ。うん。自分の夢をほっぽり出してまで応援したくなる気持ちは分かる。分かるけどね……いや、私が言うまでもないか。分かってるんでしょ? 結局自分が何をしたいのか。青春とは挫折よ。大いに病んで結構だと思うけどさ、いつまでも逃げてたら、大人になれないよ?」
長々と、子どもみたいな大人が言った。
青春とは挫折……か。
「それなら俺はとっくに青春してますよ」
「挫折ってのは乗り越えられて初めてそう呼べるの。そこで止まっちゃったらただの終わりじゃん」
「結のくせにまともなこと言いやがって……」
「ん?」
「なんでもないです。とにかく、俺のことはどうでもいいんですよ。今は噂の出所を――」
「もー、せっかちだなー。男の子はもっと余裕を持たないと駄目だぞ☆」
こつん、と額を突かれる。近いしうざい。
「何も分からないんだったら他の奴と調べますから。もう行きますよ」
俺はイーゼルにそっと布を掛けなおして、部屋を後にしようと歩き出し。
「個人は特定できないけど、多分分かったよ、私」
振り向く。多分今の僕は意外そうに目を丸くしていることだろう。
「腐ってもあの姉と同じ血族だからね。自分で言うのもなんだけど、私結構優秀なんだよ?」
「だったら早く言ってくださいよ」
「この話にはどうしても他人が関わっちゃうからね、私は航君の覚悟を試していたわけだよ。噂話をしていい権利は誰にだってあるけど、噂話を止めさせる権利は誰にもない。悪意があれば別だけど、今回はもっと可愛い理由っぽいしね。というか、考えれば誰でも分かると思うけどな。ここ、一応進学校でしょ?」
つらつらと喋る結の顔はどこか自慢げだ。まぁ、この人、有名国立大を卒業してたはずだし――だからこそ頼ったのだが――、目論見通り、優秀なのは確かだったようだ。こうやって急に会話量が増えたのも、きっと考察を終えたからなのだろう。
頭が良いと言うのは、それだけで説得力になる。学歴が自分のブランディングに大きく関わってくるというのが実感できるな。
ま、まだ先の話だけど。
「はいはい、俺が馬鹿でした。で、誰なんです?」
問う。
そして結は人差し指をぴんと立てて、一つの仮説を説き始めた――。
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