第二十話 困った状況と助け船

 翌日になっても天津風が登校してくることはなかった。もちろんラインの返信は無い。まぁ、余命だってあと二年はあるわけだし、二日間くらい休んだって罰は当たらないだろうが。

 いったいあいつは何をしてるんだか。おかげでお前の分の有名税まで俺が払ってるんだぞ?


 ノートを取るにもスマホをいじるにも飯を食うにも前髪をいじるのにも視線を感じる、咳が止まらなくなるくらい――欠乏症の症状だ――にストレスフルな学校生活。

 噂には尾ひれがつき、実は二人はセフレなのだ、とか、俺があいつに膨大な借金をしてるだとか、もう好き勝手に散らばり放題。事態の収拾はほぼ不可能で、時が経つのをじっと待つしかないようだった。


 そんな地獄のような時間がようやく終わりを告げ、放課後。俺は別棟にある美術室に来ていた。今日は美術部の活動はないらしく、そこは異界のごとき静寂に包まれていた。


 天津風は部活には入っていない。が、彼女の才能に触れ、感激した顧問――口止めはしているらしい――が準備室を貸してくれているそうで、あいつの絵はそこに保存してあるそうだ。俺はそれを見に来たというわけである。

 職員室でもらってきた鍵を使い、美術準備室へ入る。美術室よりも狭苦しい空間に充満する塗料の鼻に刺さるようなニオイ。石膏の白い粉が床に散らばっている。まさに混沌、といった風だが、俺はこの雑多な感じが好きだった。やり方は色々ある、そう教えてくれている気がするから。


 さて、そんな部屋の中央、布の被さったイーゼルが二つ並んでいる。なんかRPGのチュートリアル画面みたいでテンション上がるなー。どの剣か選ぶやつ。

 扱いは慎重に丁重に、右側の布をめくる。そこには勇者の剣――ではなく、そんなものより価値のある、一枚の絵があった。


 俺の胴体よりも大きなキャンバスの中で、青い桜が咲き誇っている。

 花弁のひとつひとつが浮き上がってくるような立体感と奥行き。それを生み出しているのは絶妙な青の色使いと超繊細な描画である。まさにこれは独立したひとつの世界だ。

 素人目に見ても、これがどれだけの作業量を要するかくらい想像がつく。数か月はかかっているのではないか。

 桜の木以外はまだそこまで色が塗られていないが、それでも、この時点で既にこの絵には魔力が宿っていた。

 とはいえ、やはりまだ違和感は拭えない。青春だから青い桜ってのはやっぱり違う。青春っぽい爽やかさが無いし、女の子一人って構図は青春にしては少し寂しい。


 ……そういえばあいつ、なんでこの絵を描こうとしたんだろ。そんな疑問がふつと湧く。

 これを描けば青春が送れるとでも思ったのだろうか……ふむ、分からん。今度聞いてみるか。答えてくれる未来が見えないけど。


 さて、十分に英気を養ったところで、俺は今日得た情報を整理することにした。

 情報――それは噂の発信源についてのもの。こうなってしまった以上どうしようもないのだけれど、こうなった原因たるそいつには文句の一つや二つ言ってやらないと気が済まないのだ。

 これ以上俺たちの邪魔をするな、と。

 ここで言っておかないとそいつはきっと同じことを繰り返すからだろうから。


 ミラノ風ドリアを驕ることを交換条件に、ミーハーに情報収集を依頼した。張本人である俺が訊けないからだ。ミーハーはにやつきながら頷いた。

 手段としては、一人一人聞いて回って、噂の発信源を逆算し一人に絞ろうというアナログな作戦だった。


「誰に聞いたかって? 確かアイツだったような――」


「あぁ、私は〇〇ちゃんから」


「あ、うーん、誰だっけな……」


 と、こんな風に。

 結果としては、必ずどこかであやふやになって分からなくなってしまっていた。それ故に、発信者一人が「勘違いでした」と言って自体が収拾するという可能性がなくなってしまった。ヒトのウワサってそういうものだし、はなからそんなことは期待していなかったけどさ。


 まぁ、それでも分かったことがある。

 俺が来る前にはそのウワサが学年問わず広まっていたということ。それだけ天津風が有名だというのは分かるが、それは異常に過ぎる。

 ミーハー曰く、


「熱愛報道が三日と持った試しはない。結局自分が騒ぎたいだけで、ほんとは人間は他人の恋愛なんかに興味を持たないんだよ」


 とのこと。だからこそ今のこの騒ぎが異常なのだそうだ。こんなことになるなら記事書いておけばよかったぜ、とも言ってたあいつを信用できるのかは問題だが。

 ともかく、そんな異常事態を起こせるのは、それなりに影響力のある、元から人物だろうということが想定された。そうでもなければこんな騒ぎに発展しない。

 それに加えて、そいつは彼女の影にすっぽり隠れていた俺のことを知っている人間でもある。


 ――いや、まったく分からないぞ……。推理小説はよく読むけれど、いざ探偵役となると話は違う。というかウチの高校の生徒は約千人いるんだぞ。そもそも容疑者の母数が多すぎるのだ。

 やはりこのまま自体が収まるのを待つしかないのか……。あいつがどうすれば青春を送るのか考えるので精いっぱいなのに、これ以上厄介ごとが増えるのは勘弁してほしいのだが……。

 

 と、俺が頭を抱えていると、背後から人の気配を感じた。咄嗟に振り向くと、そこには――


「うふふ、困っていると見たわ! 力になってあげましょう!」


 明るい茶髪に、胸部が大きくでこっとした白衣姿の女。

 ウチの高校の司書、法堂結はっとうゆいがにんまりとした笑顔で立っていた。

 



 

 


 





 

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