第十九話 チャージボンビー

 結局昼休みまで天津風が来ることはなかった。いったい何をしているんだか。

 

 やたらと視線を感じる物理の授業。俺はそっぽを向き窓の向こうの山々を見つめる。

 ……あの山、なんて名前だっけな。


 チャイムが響く。それと同時に数人の男子生徒が全力で駆け出していく。購買のパン争奪戦に向かうのだろう。あぁいうのってなんだか青春っぽい。こんどあいつと全力で駆けっこするってのもいいな。あいつは嫌がるだろうけど。


 さて、俺も動くとしよう。流石に今の状況のままというのは辛い。まるで晒しものだ。半島名でとぼけるよりももっとクレバーな選択肢があった気がするけど、それでも俺は悪いことをしたわけじゃないのだ。これは酷すぎる。

 ウワサの出所をしばかないと気が済まねぇ……!


 屋上。寒風の吹くまばらな空間。俺がベンチに腰かけて数分、俺がラインで呼び出した容疑者Aが、錆びた鉄扉を開けてやってくる。


「今日はカノジョさんはお休みですか」


 軽薄そうな声。コンビニおにぎりを持った容疑者――ミーハーがにやついた顔で近づいてきて、俺の隣に座った。


「よくここに来られたな」


「だって階段上るだけじゃん」


 ミーハーはあっけらかんと言った。こいつ、悪びれる様子さえない。


「……単刀直入に問う。お前だろ、ウワサ広めたの」


「いや? 違うけど」


「嘘つけ。こんなことするやつお前みたいなエセ報道マンしかいねぇだろ」


「なんだよ、失礼だな~。俺がやるんだったらちゃんと写真付きでバラまくし、あんな頭の悪い奇行で誤魔化す余地もなく追い込むさ」


 さらっと恐ろしいことを言うミーハーであった。


「でも、ワタルは昨日天津風夜霧と待ち合わせしてたんだろう?」


「……まぁ、それは否定しないが」


「噂に寄ると、天津風夜霧が携帯と睨めっこしながら駅で誰かを待ってたって。まるで恋する乙女だったってな。どうやらこれは真実らしいんだけど、そいつも待ち合わせ相手は見てなかったらしくてな。そこで学校で唯一天津風と話せるお前が疑われたわけだ」


 ミーハーは解説するように言った。確かに説得力は十分だ。こいつがウワサの出所ってわけではないのか……。

 にしてもあいつがスマホと睨めっことは。デート前まで既読にしなかった奴が……。まぁ、ドラ〇エやってたんだろうけどさ。


「お前もこの後スクープ記事でも書くつもりか? あの才女と冴えない陰キャが付き合いだしたって」


「そんなことはしないよ。お前が野球部のエースで四番なら記事にしたけど」


 ミーハーは当然のように言った。どうやらこいつは思ったより冷静らしい。


「すまんな、画にならなくて」


「ってかそもそも付き合ってないんだろ?」


 ミーハーは疑うそぶりも見せずに言った。


「……そう言われると腹が立つな」


「ワタルはヘタレっぽいからな~。ま、根性のあるヘタレだとは思うけどさ」


 フォローにもなっていない台詞を吐きながら、おにぎりの包装を剥がしにかかる。海苔がビリビリに破れていた。不器用かこいつ。


「根性ってなんだよ」


「いや、だって天津風夜霧ってクセ強いだろ? アタリキツイし、会話しづらいっつうかそもそも言葉を交わせないし。割と会話してるだけで凄いと思ってるぜ」


「本音言うと俺も話せてる時は感動してる」


 まぁ、花弁までとげで出来ているような人間だからな、あいつ。まぁ何事も慣れてしまえば――とはいうが、ウィットに富んだ返しに四苦八苦する状況ってのはいつまでも慣れる気がしない。その分上手く会話出来たときの達成感はひとしおだ。

 日常会話には要らない緊張感だが。


「んで、ワタルと天津風夜霧は結局どんな関係なんだよ」


 関係……か。

 そういやデートの時もじいさんに聞かれたっけ。あのときは答えられなかったけど。


「アイドルとファンって感じかもな――」


 俺はただ貢いで貢いで貢ぐだけ。あいつは一人勝手に有名になって、ライブハウスを飛び出してアリーナ一杯にして、結局IT企業の社長と結婚して身を固めて。

 俺はおめでたのニュースを見ながら、酒場で百万単位で貢いだのによって愚痴って、終わり。

 そんなしょうもない関係。もっとも、俺はアイツから嫌われているそうだが。それだとただの厄介なオタクになってしまうな。


「へぇ、ワタルがファンか……。さては本当に土日になんかあったな?」


 ミーハーは勘ぐるように俺を見る。


「黙秘権を行使する」


「……そっか。話したくないならいいよ。単純に動機が見えなくてさ。見た目が良いってのは分かるけど、高二もなれば人は見た目だけじゃないって分かりそうなもんだし、特にワタルみたいなやつはさ」


 意外と諦めが良かった。読めない奴。


「ったく、俺の何を知ってるんだっつの」


「まぁ、そうだね。から、そんな感じがしただけかもしれないけどさ。少なくともオレからはそんな風に見えてるってことだよ」


「……お前って漫画でウザがられる友人キャラにそっくりだよな」


 全てを知った風に、しかも大体合ってるというのが気に食わない。


「よく考えても見ろよ。<のらりくらり>を座右の銘にしてるような人間だぜ。ウザいに決まってるじゃん」


「お前の座右の銘なんて知らねぇよ」


 しかも酷い。のらりくらりって良い意味で使われることないし。なんというか、言葉のチョイスまでもがウザいとは、もはや才能なのではないだろうか。

 他人からウザがられる才能。

 絶対にいらん……。キングボンビーばりの不要さだ……。


「いや、どちらかというと『チャージボンビー』だよ」


「おい。DS世代にしか伝わらないネタを使うな」


 まぁ、桃鉄の貧乏神にも種類があって、チャージボンビーはカードを全て捨てさせて、指定枚数カードを集めないといけなくなるという、まぁまぁに厄介な貧乏神である。最後に便利なカードをくれるのだが、こいつが言いたかったのはそういうことなのだろうか。

 いや、どうでもいいな。


「まったく、オレを何だと思ってるんだよ」


「ミーハーマスゴミ」


 俺は即答した。


「ひどいなぁ……流石のオレも凸むぜ?」


「いや、それ向き逆だから」


「⇒?」


「素直にへこめよ!」


 いや、というかこれどうやって発音したし。なんか伝わったけど。


「オレはメンタル強いからさ。こういう趣味柄」


「まぁお湯掛ければ治りそうだしな」


「オレは車のバンパーじゃないぞ! でもお風呂に入ればリセットされるからあながち間違いでは無いのか……?」


「おい、すっきりツッコんでくれ。会話のテンポが悪くなるわ」


 天津風ならもっとテンポのいい会話が出来るのに、なんて思ってしまう。もっとも、ミーハーとのお喋りは気を使わないで楽ではあるのだが。


「あのな、オレにはオレのプライドってのがあるんだぜ? 情報の正確さは命だからな~。絶対に間違いのない、それでいて人の記憶に残る報道ってのがニュースを創るうえでのキモなんだ」


 ニュースを創る、か。報道も立派なクリエイティブな仕事だもんな。


「お前マジで報道マンにでもなるつもりなのか」


「おうさ! 似合ってるだろ?」


 おにぎりを食いながら、ミーハー。


「この上ない天職だと思うぞ」


「だよな~」


 調子よく両手の人差し指で俺を指さす。こういうところがミーハーというか、モブっつうか。いやまぁ、俺もモブ候補の一人なのかもしれないけれど。四番でエースじゃないし。

 

「ま、応援してるよ」


「ならとっておきのネタの提供をお願いするぜ」


「なんも持ってねぇよ、そんなの」


「いやいや、ワタルにならネタの創出くらい出来るだろ。それくらいしてくれないと、オレがここを選んだ意味がないからな~」


「ここを選んだ……?」


 問うと、ミーハーは吹いたら飛んで行ってしまいそうなほど軽薄な笑みを浮かべた。


「はは、だから頼みまっせ。オレはにはなれないからさ……、あ、そういやさ、隣のクラスの山田が試合でトリプルスリーを――」


「いや、誰だよ山田」


「いつも座布団持ってる奴だよ」


「山田だ!」


 赤い和服着てるね。


「郊外に住んでて家電オタク」


「ヤマダだッ!!」


 電機店だが。


「で、オレは無実ということで解放してもらってもいいか?」


「あ、あぁ。なんか情報ねぇのかよ。犯人についての」


 一通りボケを終え満足したのか、ミーハーは顎を手に乗せ思案顔で空を仰ぐ。


「まぁ、どうだろうな。他人の恋愛事情でこれだけ騒げるってのは正直異常だぜ? となれば、それなりの影響力のある人間がやった、ってことになるだろうな。もちろんそいつに悪意があったかどうかは分かんないけどね」


 それなりの影響力、ねぇ……。


「んじゃ、オレは情報収集のお仕事があるんでさ、おさらば!」


 ミーハーは跳ねるように席を立つと、結局俺の問いには答えず、屋上を走り去った。

 のらりくらり、か。なるほど、分からなくもない。


 って――思い出した。

 フェンス越しに見えるあの山。教室の窓から見えた、あの山――泉ヶ岳いずみがたけだ。


 ――そこは<山>つけよ……。

 俺はわびしい気持ちになって、波乱の昼休みを終えた。

 


 


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