第十四話 お泊まり回
「あ、愛人だー」
「どうも、私が愛人よ」
「おい妹と客人よ。それが俺の恋人いない歴=年齢に対するあてつけならば即刻訴状を用意する意思があるぞ」
「無価値な時間=年齢?」
「俺が鬱って死んでも良いと言うのならいいだろう、続けたまえ」
さて、家にやってきて早々に、こんな感じの悲惨な会話が繰り広げられた我が家の玄関口。観葉植物のほこりをちょいと払って、俺は、
「俺は昼飯の用意するから、立は空き部屋に案内よろしく」
帰りがけに寄ってきたスーパーの買い物袋二つと絵の具と筆の入った袋とイーゼルボックスを床に降ろし、不愉快ににやついている
ラインで大体のことは説明したのだが……ふむ、あれは信じていないっぽいな。まぁ、立が男連れてきたら俺もにやつくだろうから、他人のこと言えないんだろうけど。
「変態兄ちゃん、了解したよ」
「……変態……?」
酷く冷めた声色で天津風は首を傾げた。下手なこと言ったらこちらの首がもげてしまいそうな迫力にちびりそうになる。ちびってないけど。
ちびってないけど!
「妹よ。あとで五千円やるから黙っておいてくれ」
人間としての尊厳がかかっていた。
「にひひ、やった」
妹の屈託のない笑顔が咲く。ほんと、お前人生楽しそうだな。
*
結局、天津風は我が家に泊まることになった。一度行くなら泊まりも何も同じでしょう、という男の理性泣かせの台詞を聞かされたら、そりゃ断れない。
ダイニング越しに、テレビを視聴中の立と天津風を見やる。動的と静的――外見上の話ではあるが――、そんなまったく正反対に見える二人だが、立が質問攻めにするというカタチで意外と会話は弾んでいた。あいつが次に話すのは地獄の閻魔様かと思っていたくらいで、俺は素直に驚いていた。
本当に他人と話さないんだもんな、こいつ。
流石はコミュ強者の立。妹ながらあっぱれである。
「お兄ちゃんまだぁ~? お腹ぺこぺこだよ~」
「早くしないとあなたのお腹べこべこにするわよー」
「半濁音と濁音で大違いだな! ったく、今たまご入れたところだから待ってろよ」
今作っているのはすぐ出来てかつ美味しいオムライス。チキンライスは冷凍食品のを使うから時短が出来るのだ。
それに、オムライスという庶民的なものを食っている天津風を見てみたかったというのはあるな。いやまぁ、普段はおにぎりとカップラという庶民以下の食生活だそうだが。
「ねぇ、お兄ちゃんのスマホパスワードって私の誕生日だよね?」
リビングでおくつろぎ中の妹が問う。
「どこのシスコンがんなことやるかよ」
「まぁ、開いたからいいんだけど」
「おいやめろ」
くそ、俺の鉄壁『ドラえもんの生年月日』の牙城が崩れたらしい。何故バレたし。
たまごをフライパンに広げるという大事な工程なので今は手が離せない。こういう時だけ頭の回る奴。
スマホには特にやましいものは無いはず。まぁここは安心して――。
「兄ちゃん、インスタで女子フォローしすぎじゃない?」
俺のフライパンを持つ手が止まった。
「…………いや、それはだな」
言い訳、レッツスタート。
「あぁのな、女性のコーディネートってよく分からないから、小説書くときに参考にしようと思ってだな」
紛れもなくこれは事実である。もっとも、その後にハマってしまって追いかけているという秘された真実があるのだが。
「へぇ、兄ちゃんの好みって、へぇ~」
「普通に綺麗どころを押さえている感じね。趣味わるいわ」
顔が熱い。まるでフライパンの上で火にあぶられているたまごの気分だ。
「皆似たような感じだ。ショートカットで、クール系で――お母さんそっくり」
「思春期の兄によくそんなこと言えるな!」
別に反抗期を迎えているわけではないけど、そして子のタイプが親に似るっていうのもよく聞くけれど。そんなの認めてたまるものか。
「……ふぅん――そうなのね」
天津風が、どこか不満を感じさせる声色で相打ちを打つ。
「? なにがそうなんだ?」
「……別に、なんでもないわ。あなたのお母さんってこんな感じなのね」
「いやまぁ、特徴としてはそんな感じだとは思う。俺が知っている頃のままなら」
フライパンを回し、たまごを薄く広げる。とろとろ半熟でいい感じ。
「……母親と別居している、と言っていたわね」
天津風が確認すると、妹がそれに反応する。
「それはお兄ちゃんがせいしゅ――」
立が言いかけたところで、
「立ッ! 食器の準備を頼めるか――」
「え、あ、うん」
立は戸惑ったような返事をして、とことことキッチンにやってくる。そして食器を出すついでに耳元で囁く。
「ねぇ、あのこと隠してるの?」
「隠してるっつうか、言う必要がないだけだ。いいから黙っとけ」
「仕方ないなぁ。面白くなりそうだからいいけどさっ」
立は客人用のスプーンとコップを持ってキッチンを出ていく。俺は立の小さな背中を見送って、広げたたまごのなかにチキンライスを放る。
「え、えっと母さんも色々疲れてたらしくてな、楽させてやろうと思ってさ」
「親思いなのね」
「だったらよかったんだけどな……」
フライ返しを使ってたまごでライスを包み、皿へと盛り付ける。天津風のだけキッチンペーパーで綺麗にラグビーボール型に形を整えれば完成である。
「ほら、出来たぞ」
俺はエプロンを外し、道中寝転がる立を叩き起こして腰を落ち着ける。隣には立、テーブルを挟んで正面に天津風が座った。
「萌え萌えキュンはしてくれないのね」
「残念ながら当店のサービス外です」
「まぁ、やられたら保健所に通報するつもりだったけれど」
「ばい菌扱いかよ……」
「早く食べよーよ」
立が急かす。まぁ、俺らが帰るの待っていてくれたのだからそこは許してやろう。
「そうすっか。それじゃ――」
――いただきます。
三人で手を合わせる。なんだか家族みたいだな、そんなことを思う。天津風が兄妹ってのはなさそうだし。だとするならば、やっぱり奥さんか。
白く細い手を添えて、上品にオムライスを口へと運ぶ彼女。滑らかそうな頬を膨らませて咀嚼し、飲みこむ。一度意識してしまうと、そんな人類共通の動作さえ色っぽく感じてしまう。
……でもやっぱ奥さんってのはないか。高嶺の花過ぎて摘む気もしない。
「相変わらず料理は美味しいだけだね、お兄ちゃんは」
俺の意識の外から、妹の声。
「美味しいのは料理だけで充分だ」
料理しか出来ない男だと言いたいのなら、美味しいではなく、上手い、と言う方が正しいだろう。というか相変わらずも何も、お前俺の飯を一日三食食ってんだろうが。何のために親が自立の<立>の字を名前に当てたと思っているのだろうか。
妹の奔放さに
「ん、どうしたんだ?」
「私、初めて知ったわ」
「何をだよ」
少しの間をもって。
「卵って、火を通すと美味しいのね――」
そのことに感動した人間、多分50万年前ぶりだぞ。多分ね。
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