第十話 不適合者による適職探し
資金不足。爽やか青春ライフにとっては少々生臭い気もするが、流石に毎晩カップラはまずいだろうということで、俺たちはバイト探しをすることになったわけだが。
「お前、なんかやりたいバイトとかあるのか」
「そもそも、私が働きたいなんて思うと思っているの?」
「……そうだな」
昼休み。
窓から見える空はどんより曇天模様。降水確率40%という数字を気にしてか、本日の天津風は中庭ではなく教室で昼飯を食っていた。
購買のおにぎり一つ。しかも具なしの塩握りである。華の女子高生とは思えない食生活だ。
「お前、大丈夫なのか? 流石に心配するぞ」
後ろの席の小食ぶりに思わず心配してしまう。机の大きさに反して、そのおにぎりはあまりにちっぽけだ。
ちなみに俺は家で作ってきた弁当である。といっても、唐揚げやホウレン草のソテーなどの冷凍食品のオンパレードなんだけどさ。
「大丈夫も何も、お金がないのだからしょうがないじゃないの」
はむり、小さなお握りに頂点が欠ける。
「親はなんか言わねぇのかよ」
「娘の食生活に口出す親なんているの?」
「いや、普通だと思うが」
「そ。過保護なのね」
お前が放牧されているだけだと思うんだがな。
まぁ、よそ様の教育方針にいちゃもんをつける権利なんてないし、いいんだけどさ。
お宅のお嬢さん、のびのびと育っていますよ。
「とにかくだ、ひとまず今の資金難をどうにかしないといけない。といってもお前に出来そうなものあるかなぁ……」
高校生で出来るバイトなんて限られている。力仕事以外で考えれば、そのほとんどが接客サービス業だ。しかしそこが問題で、こいつが客に頭を下げているところをどうしても想像出来ないのであった。
「……なぁ、『ありがとうございました。またお越しくださいませ』って言ってくれないか」
「は? バカにしてるの?」
じろりと俺を睨む黒い瞳。
「いいから言ってみろよ」
天津風は渋々と言った様子で、居住まいを正して、口を開く。
「あ、あ……ありが…………ませ」
「……」
「……」
奇妙な静寂が二人の間に漂う。
「――お前、よく今まで生きてこれたな」
「人って支えられなくても意外と生きていけるのよ」
お前はそういう<
金八先生もお手上げだなこりゃ。
「流石にこれはひどいな……。幼稚園児でも出来るぞ、感謝くらい」
「う、うるさいわね……」
若干顔を赤らめて俯く天津風。初めて見る表情だ。
なるほど、一応気にしてはいるらしい。
「ありがとう、だけでも言えないのか」
「あ、ありが……ありが……!」
「いや、めっちゃアリを気にしてる奴になってるから」
机に放置していたチョコに群がってきたのだろうか。
「……無理ね」
「お前マジか……」
いや、思ったより重症だな。青春欠乏症とかそういう以前の問題である。
「じゃああれだ、言語を変えてみよう。英語で言ってみよう、英語で」
「英語でありがとうって何て言うのか分からないわ」
「嘘つけ!!」
そんなことあってたまるか。お前一応頭脳明晰キャラだろ。この高校だって自称進学校だし。
「あ、思い出したわ」
天津風がはっと目を見開く。
「
「最初の四文字は合ってるが致命的に違う!」
助けた相手にギリシア神話における死の神の名を言われるなんて、報われなさすぎる。
しかし天津風当人も、冗談で言っている訳でも無さそうだった。
「俺はいよいよお前のことが怖くなってきたぞ」
「私はもう諦めたわ」
すっかりおにぎりを完食した天津風は、早速スケッチブックを開いて、何やら鉛筆で書き込みをし始めた。絵に逃げるなし。
「もう少し粘れよ……」
というか感謝の言葉も言えない人間を世に出してはいけない。そんな使命感が、俺に一つの妙案を授けた。
要はこいつは感謝が出来ないだけ――だけ、というにはいささか問題が過ぎるのだが――なのだ。相手に感謝の言葉が伝わればそれでいいのだから……。
「ありがとうって感じで有るに難しいって書くだろ? それってあまりないことだからこそ感謝しなさい、的な意味なんだが、とある地方では逆に、あまりないくらい酷いことって意味でも使われているらしいんだ。つまり、ありがとうは侮蔑の言葉としても使えるんだぜ」
……まったくの嘘っぱちだった。そんな心無い地方はこの世に存在しない。
しかし、彼女もまさか物理的に『ありがとう』が言えないわけではあるまい。こういう意味付けをしてしまえば、どうだろう。
「ほら、俺をバカにする意味で言ってみろ」
一瞬怪訝な顔をした天津風であったが、俺の話を信じたらしく、はっと息を呑み、
「あ……
意外にもすんなりと言えた。
俺は侮辱されているはずなのだが、うん、これは気にならないぞ。むしろ優越感さえ感じる。こいつの口から『ありがとう』が聞けるだなんて、もう二度とないかもしれないからな。
「いいぞ! もっと俺を侮辱してくれ!」
「有難う、本当に有難うね」
天津風も興が乗ってきたのか、ほんのり頬を上気させて続けざまに
「うっひょー!」
冷静に考えれば、というか酒に酔っていてもおかしいと思える状況なのだが、如何せん俺はハイテンション状態で、そんな一歩引いた感想を抱くことが出来なかったのである。
「もっとくれ、もっと!」
「有難う、あなたって本当に有難う」
――そんなこんなで、二人だけの世界でお互いに欲を満たしていたわけだったが、そんな狂った世界は数分と持つことはなかった。当然である。
「――二人とも、クスリでもやってるの?」
席の横に立ったミーハーが俺らを見下ろして言った。
――ぱちん。
ミーハーの言葉を契機にシャボン玉が弾けるように、俺らの世界が崩れる。正気に戻る。
クラス中から犯罪者を見るような視線が俺に降り注いでいた。降水確率40%は見事に的中したわけだ。
「というか、何故に俺だけこんな扱いなんだ」
「そりゃあ、女子に感謝をせびるような奴はそう見られると思うぜ」
正論だった。
ぐうの音も出ない……。
そして我関せずとでも言うようにスケッチに没頭している天津風。おい、逃げるなよ。
「で、結局何をしてたんだよ、ワタル」
「あぁ、バイトをしようかと思ってな。それで色々適職を探してたんだが……」
「ん? そこでなんで天津風お嬢が出てくるんだい?」
あ……。どうやらミーハーの術中にはまってしまったようだ。こうやって情報がしょっぴかれていくんだな。
ミーハーはにやりと口角を上げると、
「まぁそこら辺は聞かなかったことにしてあげるよ。俺たち、友達だもんな」
「お前、絶対友達いたことねぇだろ」
「弱みを握り合うのが友情なんだっけ?」
「そんな殺伐とした関係であってたまるか!」
「だとしたら……うん、いないな。自分の弱みを握らせるわけがない」
結局いないらしい。
悲しいやつだな。
「で、バイト探してるんだっけ? 残念、俺は力になれそうにない」
ミーハーはそう言って肩をすくめる。
「お前みたいなキャラがこういう時活躍しないでいつ活躍するんだよ」
「別に俺は便利屋じゃないからな……。あの訳わからない状態を止めただけでも十分な働きだと思うんだけど、どうだい?」
……まさしく彼の言う通りだった。あのままいっていたらあと二千字は感謝(罵倒)と煽り文句で埋め尽くされていたであろう。まさに地獄である。
「……分かったよ。感謝してる」
「それなら次の体育でコンビ組んでくれないかな。なにぶん友達がいなくてさ」
「いや、友達の定義はともかく知り合いは多いだろお前。別にいいけどさ」
先は友達がいないとかいっていたが、見ている限り交友関係は異常に広かったはずである。まぁ、ほんとになんでもいいんだけどさ。
「ありがとう。それじゃ、空気を読める俺は退散しますわ。どうも、邪魔したね」
ミーハーは最後にちらりと天津風の方を見て、そのまま違うグループへと合流していった。世渡り上手ってのは、事実だろうな。
「で、お前は何をしてんだ」
スケッチブックを覗き込む。
┌(┌ ^o^)┐
――とんでもないモノが描かれていた。しかもすげぇ立体的に、しかもリアルに。
貴重な画力をそんなところに使うなよ……。あと別に、ミーハーとはそんな関係ではないからな、と注釈をつけておく。
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