第九話 資本主義社会は学生に厳しい

 さて、ここで天津風夜霧という人間についての情報を整理してみたい。


 改めて、名を天津風夜霧という。

 年齢17。長い黒髪が目印で、性格は基本的に……破綻してるよな。創作に関しては熱心で、それでいてナイーブな面倒くさい奴である。

 しかしそれは天津風と数時間でも過ごせば分かることだが、それだけでは分からないこともある。

 

 それは彼女の経歴である。

 あれだけ絵が上手いのだから調べれば少しは出てくるか、なんて思っていたのだが、その予想は裏切られることになる。


『県展・大賞(最年少)』

『第六十五回学生アートコンクール・大賞』

『レ・サロン展・銅賞』

 

 まさか、名前が予測変換に出てくるとは思わなんだ。てかなに、Wikipedia作られてんじゃん。まじかよ。


 ――圧倒的な色彩感覚にて描かれる、写実的な幻想。人類の新たな筆致。

 そんなことが書いてあった。絵について詳しいことは分からないけれど、とにかくすごいらしい。


 数々の受賞歴を誇る彼女は幼少期から天才として画壇で名をはせていたらしい。最後の『レ・サロン展』は<モネ>とか<ルノワール>なんて名前が出てくる規模のコンクールである。

 なんか冷や汗が出てきたよ。


 しかし、当の天津風本人はメディアなどに一切露出しておらず、謎の天才画家としての扱いを受けているらしい。なんというか、ヒロインというより主人公よりの属性だった。


 俺の見る目は本物だった、という安堵と、それ以上にこいつの才能が本物だったという恐怖にも似た感情を抱いて、俺は一人自室でふるふると震えたものだ。


 そんな才能を青春なんていうものに奪わせないためにも、俺はこれから奴と青春を送るのだ。

 いや、それってどういうことなんだろうな。俺自身もよく分かってないけど、まぁ、やるっきゃない。



 *



「それで、何をしようかね」


「それが分からないからあなたを頼っ――召喚と言った方がいいかしら……? いえ、これも違うわね。呼びつけた――下僕げぼく?」


「もうそこは素直に頼った、でよくないか」


 なんというか、どこまでも高慢ちきな奴だった。


 翌日、金曜の放課後。学生にとってのゴールデンタイム。

 俺ら二人は例のごとく、中庭の桜の木の下にいた。天津風は筆を握り、一心に絵を見つめている。

 俺、いる意味なくね……?


「なにを言ってるのよ。私って無駄が嫌いなの。いてもいなくても関係ない人間とは喋らないわよ」


 彼女は俺の方……、ではなく絵に向かって言った。さっきからこの調子である。俺としても絵の邪魔はしたくないからこれでいいんだけどさ。


「そうかいそうかい。で、お前はどこまでやったんだ? お前のことだからどうせ一人で色々試してみたんだろ?」


「えぇ、そうね。世に言う『青春っぽいコト』は試したわ。浜辺で駆けたり、夏祭りで花火を見たり、夏休みの宿題を最終日に慌ててやったり」


 確かにそれらは青春っぽいけれど――。


「……お前、それ一人でやったのか……?」


「そうよ」天津風は当然のように答えた。


 想像してみる。

 こいつが一人、不愛想な顔で真夏の浜辺を駆け、花火を仰ぎ、mol計算をしている姿を。

 足の裏に着いた砂を払うこいつの姿が少しシュールだと思えた。


「お前、もしかしたら天然だったりする?」


「は? どこをどう見たらそう見えるのよ」


「いや、聞く限り完全なアホキャラだぞ」


 青春とか抜きにして、どう考えても一人でやる行動じゃない。一人浜辺ダッシュとかただの奇行だろ。

 天才と馬鹿は紙一重、とはいうけどさ。


「じゃあ何よ、あなたには考えがあるっていうの?」


 天津風は何本もある筆を選びながら問う。正直俺にはどの絵筆も同じようにしか見えない。


「そう言われるときついんだが……別にお前、人生がつまらないとか、充実してないって思ってるわけじゃないんだろ?」


「当たり前よ。絵なんて無限に時間喰うのよ? それに勉強だってある。少なくとも、今の私の生活に不満はないし、そんなこと思ってる時間も無いわ」


「不満はない、か……」


 不満はない。

 俺もそうだ。今の生活が別に嫌いというじゃない。

 もっと面白く生きられるのではないか、そう思うだけで。


「とにかく、それでも今のままじゃ死ぬわけだから、とにかくなんとかしたいのよ」


「そうだなぁ……青春って結局誰かと過ごすもんじゃねぇか? って俺は思うんだけど」


 俺の印象、一人で青春するというイメージは湧かない。もちろんそういった青春もあるのだろうが、結局俺らは一人では何もできなかったわけだから、余命なんてものを背負ったわけで。

 

「つまりデートがしたいわけね」


「お前、ヒロイン向いてねぇよ」


 そういう展開を予想していなかったわけではないけどさ。なんというか、こういうのってもう少し回り道してから言うもんじゃないのか。

 え、これ童貞の思考なのかな。普通だよね.......?


「なんか安易だよな、青春イコールデートってさ」


 さりげなく話を逸らしてみる。


「安易でも害意でもとにかく青春を送って病気が治ればいいのよ」


「害意で青春は送らないでくれよ……」

 

「嫌よ。他人の嫌がることは積極的にやるのが主義なの」


「とんでもねぇ教育受けてんな!」


「他人の痛みを知ってこそ、自分の痛みを知れるのよ」


「いいコト言ってる風だけど、それ順序逆だから」


 みんな一回人を殴ってから改心する世界なんて嫌だな……。殴る前から優しくあってほしいものだ。


「で、どうするのよ。別に私は構わないわよ」


 肌寒い風が吹き抜ける。

 しかし冬場のそれに比べたら、それはもう温かな、春を感じさせる自然の息吹。

 未だ咲き誇る桜の向こうに透ける青空を仰ぎ見て、俺は思案する。

 

 ……なんかデートのお誘い来ちゃったよ、と。


 恋愛感情も、そもそも恋愛する気もないけれど、相手は文句なしの美少女。そんな奴が隣にいて、果たして俺は世の男ども殺されはしないだろうか。

 『デートなう』なんてツイッターで自慢してみろ。それが俺の遺言になること間違いなしである。

 とはいえ、青春にどれくらいの時間がかかるかは分からない。事を始めるなら早めの方がいい。


「よし、分かった。お出かけしよう。どこがいい」


「京都」


「アホか」

 

 よく自信満々に即答できたなお前。それではデートというかハネムーンである。


「近場で頼む」


「琵琶湖」


「微々たる気遣いは感じたが、微々過ぎだ」


「細かいわね。私があなたと一泊してあげると言ってるのよ? 喜んでパンツ下ろすなりしなさいよ」


「俺はそんなに下品な脳してねえわ!」


「でも、どうせ行くなら芸術を感じるところに行きたいわね」


 ようやくまともな意見が出てきたな。恐らく絵を描いている時は脳機能の大半を絵に向けているから会話が雑になるのだろう。

 ったく、だから天才は.......。

 青春を共に過ごすパートナーとして認めたはいいけど、やはり天才は嫌いだ。

 青春欠乏症にかかってなきゃ、天津風とは話すこともなかっただろうな。


「といってもなぁ……お前お金あんのか」


 芸術鑑賞なんていったら普通お金がかかるものだ。


「アトリエの絵を売れば数百万にはなると思うわ」


 天才絵描きはさらっと言った。

 今、数百万って言ったのか……? うまい棒を万単位で買えるじゃないか$

 あれ、動揺しすぎて句点がドルマークになってしまったぞ$ 


 ……俺はいつまでうまい棒を通貨単位にしてんだろうな。


「まぁ……あれだけ賞とってればそのくらいは普通につくのか」


「勘違いしないで、私は絵を売る気はないから」


 彼女はきっぱりと言い切った。まぁ、お金に媚びるタイプではないよな。


「ということはつまり……」


「昨日の夕食はカップラーメンだったわ」


「……笑えねぇよ」


 資本主義社会は、どうやら学生に厳しいらしい。

 

 バイトするかぁ……。

 




 





 


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