第七話 本題・命限られし者たち

 本題。

 それは天津風がわざわざ俺に会いに図書館に来た理由。

 

 茜色の西日、本棚の作る陰影が図書室に散る。なんとも雰囲気のあるノスタルジックな光景だ。

 そんなところに異性と二人きり。この状況を考えれば、この状況をセッティングした彼女の意図を考えれば、本題の内容は容易に想像出来たのかもしれないが、彼女の一挙手一投足に注意を向けていた俺にそんなことを考えられる余裕は無かった。


「夕陽が綺麗ね」


 逆光気味に夕陽を浴びる天津風は呟く。まったく、外面そとつらが良いとどこを切り取っても画になるからずるい。


「もう五時だからな。用がないならさっさと絵描いてろよ。つかこんなに話せるなら他の奴と喋っとけ。俺はそんな暇じゃないんだ」


「あら、それって他の人とはお喋りしたくありません。あなたとお話したいんです、って捉えてもいいのではないかしら」


 誘うような甘い視線が俺を絡め取ろうとする。お前がそんなこと思ってる訳ないだろ。


「頬を張った奴によくそんなこと言えるよな」


「まだ気にしているの? むしろあれはご褒美でしょう」


「お前がサドだからといって俺がマゾなわけではないからな」


 というか別にそこまで気にしてねぇし。


「ならあなたは殴られるより殴る方が好きなのかしら」


「もっと言い方あるだろ……。というか人間はそんなゼロイチな存在じゃない」


「両刀使いってこと? あなた変態なのね」


「どっちでもねぇってことだ!」


「で、そんな変態のあなたに質問」


 俺の話なんて聞いちゃいなかった。


 傍若無人な天津風は唐突に腰を折って、こちらに身体をかしげる。腰の角度分距離は詰まって、眉の生え際が分かるくらいの近さに彼女の小顔がある。

 しだれる黒髪。重力に従って胸が下方に垂れ、制服との間に生まれる空間は強烈な引力で俺の目を引き付ける。

 なんでこいつボタン外してんだよ……。逆光なのが幸いして下着ブラは見えてないけども。

 ここまで来たら見たくなる。これって普通だよな。

 

「な、なんだよ……」


「――あなた、私のことが好きでしょう」


 彼女の吐息が鼻先にかかる。細められる瞳に俺が写る。


「は? なんでだよ」


「だって私のことずっと見てるじゃない」


「そりゃこんな近くにいられれば嫌でも目に付くわ!」


 蠱惑こわく的なポージングをしているのならなおさらである。


「なんなんだよ急に。襲われたいのか」


「襲いたいのならどうぞ? その代わりにあなたの人権を貰っていくわ」


 ひでぇな! とでもツッコもうかと思ったが、女子を襲ったのだからそれくらい当然かと思いなおす。


「……結局何がしたい」


 そう問うと、天津風は、これが本題よ、と前置きをして上体を起こす。


 して、彼女は俺に向かって白い手を伸ばし、


「あなた、私と付き合う気はない……?」


 拒否されるなんて考えていないような、自信満々な顔で言い放った。

 付き合う――それは幻聴でも何でもなく。


「……それは男女交際の意味か」


「えぇ、もちろん」


 罠というわけではなさそうだ。

 ……いや、そんなわけはない。

 ろくに好感度も稼いでおらず、そもそも出会ってから一週間。浮ついた性格でもなく、むしろその逆。人との関わりを断っているような奴が、告白だと?


 この世に奇跡はない。全てに道理があり、それは必然たる結果だ。

 人の感情ならばなおさら。相手の美醜、口調、立ち姿、ニオイ、はたまた自分の腹のき具合といった様々な状態により感情は左右される。

 無条件に人を好くことなんて、人間には出来ない。

 

 ――だからこそこれは間違いなく罠だと断言できる。俺がこのシナリオを書くなら間違いなくこいつの背景に何かこうさせる理由を持たせる。

 くそ、それが分かっているのに心臓が早鐘を打つ。体温が上がって汗が額を伝う。

 女子慣れしてないのがバレバレだぜ……。


 伸ばされた左手。この手を取れば、晴れて俺はカノジョ持ち。しかも超絶美少女ときた。警戒していれば痛い目を見ることも無いだろう。

 ここは天津風に乗ってやるか……。


 そう決心して天津風を見上げた時、ふと彼女の右手に目がいった。

 伸ばしていない方、利き手であるはずの右手は、スカートの裾をぎゅっと握り込んでいた。

 自信満々に見えた顔も、よくよく見れば表情が硬い。無理やり顔を作っている不自然さがある。


 そりゃそうだよな。好きでもない人間に告白なんて苦痛でしかないだろう。天才とはいえ、血の通っている人間なのだから。

 まったく、余命に急かされたか。俺はクールでニヒルなキャラ。こんなことで流されてたまるか。


「……お前が何を考えてるのか知らないけど、自分の利き手も差し出せないような人間と付き合うのはやめた方がいいと思うぞ」


「……っ」


 ぴくりと形のいい眉がひくつく。

 画家にとって利き手は命。そう簡単に差し出せないのは分かるけどさ。


「お前、結構人間臭いんだな」


 俺はテーブルに出していた本やハサミなどをまとめる。こいつも一旦冷静になれば考えが変わるだろう。

 そのまま俺は席を立ち、「また明日な」と手を振ってこの場を後にする。

 

 ――しかし、その前に。

 くいっと袖を引かれる。帰ろうとする俺のブレザーの袖を天津風が掴んだのだ。


「待ちなさいよ……っ」


 微かに震える声。

 振り向くと、俯いた天津風が上目がち俺を見ていた。しかし彼女の後ろから差す西日のせいで細かな表情は分からない。

 ほこりがきらきらと煌めく中で、天津風の輪郭がうすぼんやりと浮かぶ。

 

「な、なんだよ……」


「小説家に対して半端な嘘をついたのは反省するわ。だから正直に言います」


 やたらとしおらしい様子の天津風は、深呼吸をして、そして口を開く。


「……私、青春欠乏症で余命を宣告されたのよ。ほんと、情けない話よね……」


 天津風は人が変わったように、語気を弱く告白した。

 青春欠乏症で、余命……。どこかで聞いたような……。

 あれれ? おかしいなぁ~。


 ここに、史上類を見る青春弱者が二人並んでいた。

 なんちゅうこっちゃ。


 

 




 

 

 


 

 

 

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