第三話 ツンデレ×エンカウンター×アゲイン


 ――凄い美人の変人に喧嘩を吹っ掛けた変人。


 それが俺のクラスのでの立ち位置であった。


 時折グループ活動で一緒になる男子や女子に「クール系でかっこいいよね」なんて言われることもあったけれども、前髪が目にかかるほどの長さのやつは大抵そんなことを言われるだけのことで、社交辞令みたいなものだろう。

 よって、天津風のような外見的なアドバンテージのない俺はただの変人ということで処理された。どこのグループにも属さない中立的立場に落ち着けたのは不幸中の幸いであったか。


 あの後の社交的な態度を装うリカバリーの甲斐もあってか変人の前に<面白い>と付けてくれるクラスメイトもいた。いじめられることは無さそうでひと安心である。

 .......まあ、青春を過ごすってのは絶望的だけどな。


 さて、ここで真に問題なのは俺ではなく、天津風夜霧あまつかぜよぎりである。

 あの後も学校には来ているものの、誰とも会話せず、というか触れ合う機会さえ許さず、彼女は孤立していた。

 授業中は熱心にノートを取り、休み時間は毎度教室から消え、ギリギリか少し遅れて戻ってくる。その間、彼女は沈黙のヴェールに包まれている。


 そんな不思議めいたメインヒロイン感漂わす彼女はたちまち学校の有名人になった。

 なにせあの美貌だ、多少性格に難があろうと、声をかける勇者は存在した。もちろん、同じクラスからではない。学年が違うイケメンとか、そんな奴である。


 一度、天津風が告白されているところを見たことがある。

 俺が拝命を受けた図書委員の仕事で、放課後に図書室の掃除をしていた時のことである。


「俺と付き合ってくれないか」


 余裕たっぷりな声が棚の向こうから聞こえた。本棚の陰から覗くと、そこには背の高い男と天津風が立っていた。

 男の方は緑ぶちの上履き。三年の先輩だろう。男の俺から見てもなかなかの好青年。後にミーハーから聞いたが、ウチの野球部の四番でエース。この高校における最高物件からの告白だったわけだ。


 若干の心拍の上昇を感じつつ、俺は事態の行方を案じる。


 数秒の静寂。


 ……そしてまた数秒の静寂。


「――――」


 天津風夜霧は一切口を開くことなく、ギロリと告白先輩を睨んで、なんとそのまま図書室を後にしてしまった。


 遠ざかっていく背中に手を伸ばして、されど追いかけることも声もかけることも出来ず、告白先輩はその場で崩れ落ちた。南無南無。


 ――と、こんな感じで、天津風はまさに天に吹く風の如く、地上との一切の関わりを絶っているのである。

 そんな奴と関わるメリットはない。俺の認識では後ろの席は空席となっていた。

 触らぬ神に祟りなし。

 異様な存在感にも拘らず、クラスではいないモノ扱いの彼女。そのおかげか、特段後ろの席を空白扱いすることは難しくなかった。


 進級から一週間。

 そろそろ俺がなぜ後ろにプリントを回さないといけないのかと疑問に思い始めた頃、事態は動き出した。動き出したというか、まあ俺の能動的な行動の結果なんだけれども。


 俺は天才は嫌いだが、才能自体を軽んじているわけではない。俺の天才嫌いは大体が妬みや嫉妬で構成されている惨憺さんたんたる感情だ。だから嫌いというよりはという感情の方が大きかったりする。

 故にこそ、才能には敬意を払っているのだ。


 だから、というかつまり。

 俺は天津風の絵が好きだった。

 ここで勘違いしてほしくないのだが、決して天津風本人に好意を持っていたわけでは無い。あくまで俺の関心と感心の対象はあいつの油絵なのである。


 ツンデレ乙とか言うなし。


 その日も、俺は中庭に向かっていた。

 放課後、運動部の暑苦しい掛け声が響く中庭。あいつはいつも――というかここ一週間、決まってそこにいた。

 桜の木の下、枝葉にかれた春の日差しを浴びて筆を取る天津風。しかし、あいつがいては絵は見れない。


 だから俺はあいつが休憩で離れるのを、中庭の外れ、丁度校舎のでっぱりで出来た死角にあるベンチに腰かけて待つ。

 我ながら気持ち悪いなとは思うけれど。

 あれは、それだけの絵だった。

 突き抜けた才能はそれに触れたものを感化し、気持ち悪くするのだ。気分が、という意味ではない。そいつ自身を気持ち悪くさせるのだ。

 あらゆる業界には天才がいて、そいつが俗にいうオタクというものを生み出す。オタクはそういう天才たちの産物なのだ。


 時刻は四時過ぎ。俺がここで待ち始めてから一時間弱。読み終えた文庫本ラノベを鞄にしまう。

 やっぱりエンタテイメントのために作られた本は面白いな。一般文芸だったり、純文学も読んだりするけれど、やはり読んでて楽しいのはライトノベルだ。もちろん、読書体験はいくつもの感情で楽しむものだ。純文学のような芸術作品だって俺は好きだ。

 ただ、今はただ何かを楽しんでいたかった。

 あと二年で終わる命。この桜を見れるのだってあと一度かもしれない。そう考えてみると、少し、桜を綺麗だと思えなくもない。


 散り際の桜。

 終わりがあるからこそ、あらゆるものは意味がある。桜は散るからこそ咲くのだ。また次の春に、目いっぱいの薄紅で世界を埋め尽くす。だからこそ、桜は春の風物詩たり得る。


 簡単な話、一年中桜が咲いていたら誰も桜に興味を示さないだろう、という話だ。


 存在の消滅と意味の誕生、その狭間にこそ感情は生まれる。

 だとするならば、二年後、この俺の人生にも意味はあったのだと言えるのだろうか。俺が棺に納められた時に、俺の死相で誰かの感情を揺さぶることは出来るのだろうか。


 そう考えると、死というものが怖くなる。生に執着したくなる。だって答えは分かり切っているのだから。余命を言い渡されてから、徐々にその恐怖が、焦燥が積もっていく。


 ――俺だって。

 俺だって、出来ることなら青春を過ごしたかったさ。

 何にも考えず、バカやって怒られて、それでも楽しいと言える人生を送りたかった。

 でも、それは無理なんだ。

 普通の生活を捨ててまで選んだ道から滑落した俺には。

 青春なんて、手に入らない。


 ……帰るか。俺はベンチから立ち上がる。 

 頭が痛い。青春欠乏症の症状だろう。

 あんな絵なんて見てもしょうがない。今更誰かの才能に憧れたって、俺はもう――。


 と、その時、男の野太い怒声が脳をシェイクした。


「――いい加減喋れよッ!!」


 怒声。中庭の方からだ。シャレになっていない怒り方だ。

 俺は前に出て中庭の方を見る。天津風と……あぁ、あれはこの前の告白勇者か。もちろん怒っているのは告白勇者の方。何度かアプローチしても全く反応がないことにキレた、ってところか。

 まったく……、今までクリボーに当たっても死なないようなイージーモードで生きてきたんだろうな。

 全精力をかけて作り上げた作品でさえ無視される世の中なのに、お高くとまった野郎だ。


 まぁしかし、そんな負の感情を剥き出しにされても、天津風は一切反応することなくただ黙々と筆をはしらせている。流石と言うべきか、今回も完全無視なスタイルでいくつもりなのだろう。


 ……嫌な予感がする。

 感情的な人間を更に刺激するなんて言語道断。行きつく先は110番である。

 ――そしてその予感はすぐに的中する。


「てめぇ!!」


「っ……!」


 告白勇者――否、告白犯罪者は絵を描いている途中の天津風の右腕を掴み、乱暴に引っ張ったのだ。言うまでもなく、天津風の細い体は告白犯罪者の方に引き寄せられる。

 天津風の顔が苦し気に歪む。掴まれた腕は、彼女の利き手。


 ――瞬間、血液が沸騰したかのような感覚。激しい怒りが全身を満たす。

 そして俺は拳を握り固めて、二人のもとへと駆け寄って、叫んだ。


「せんせーい! あいつわるいことしてるぅー!」


 握った拳から人差し指を開いて男の方を指さす。もちろん先生なぞいない。

 しかし作戦は成功、告白犯罪者ははっとしたように俺の方を向いて、ちっと舌打ちをして脱兎のごとく逃げていった。


 ふふ、この俺があんな体育会系に勝てるわけも無し。血管に沸騰石が入っているかのような冷静さ、流石は俺。ジョブズもびっくりのスマートさだぜ。アイフォンの<アイ>は伽藍の<アイ>。これからの定説である。


 俺は仕事を終え、颯爽とその場を後にしようとした時、後ろから声がかけられる。

 ふっ、惚れちまったのか、俺に……。一体どんな言葉で俺に愛を伝えてくれるのかな?


「――その年にもなって先生頼みって、恥ずかしくないの?」


 天津風は冷たく言い放った。


「やめろよっ! どう考えてもあいつに喧嘩で勝てないだろうが」


「情けないのね」


 彼女は少し手首を気にする仕草をした後、イーゼルに向き直って言った。俺には興味なしか。


「勝てないいくさを戦うよりかはマシだろ」


「負けても格好つけるのが男でしょう」


「人を殴る姿が恰好いいと思うタチの人間か、お前は」


「あなたがボロボロに殴られて楽しいと思うのが私よ」


「おい……」


 この女、やっぱり嫌いだ。というか俺が嫌われているのか。

 ま、チラリと絵も見れた――細かな陰影と女の子の色塗りがまだで、油進捗はそこまでなかった――ことだし、帰るとするか。

 と、俺は彼女に背中を向けて歩き出す。


「じゃあな」


 一応の礼儀として別れの言葉を口にして。

 どうせ返事なんて返ってこないのだろう。そう思っていた。

 だが、


「ねぇ、私はあなたの頬を張った記憶があるのだけど」


「あぁ、痛かったよ」


 俺は振り返らずに言う。

 まぁ、本当に痛かったし。


「なら、なぜ私を助けたの」


「別にお前を助けたつもりはない。俺はその絵を助けたんだ。勘違いすんな」


「男のツンデレとかキモいだけよ」


「デレる予定はねえ!」


 言うと、彼女は「そう」と適当に相づちを打った後、


「――天津風夜霧。この絵の作者よ、覚えておきなさい」


 彼女は言った。

 教室での自己紹介とは違う、正真正銘の自己紹介。己の全てを作品に込めているものだけが可能な、そんな自己アピール。

 仕方ない、俺も応えてやろう。


「んじゃ俺は伽藍航だ」


「別に聞いてない」


「お前の性格、よく分かったよ……」


 桜が舞い散る春の夕暮れ。

 こうして、俺らは三度目の出会いを果たしたのであった。


 


 

 


 


 

 

 

 

 


 

 

 

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