第二話 一年減って、余命二年。美少女絵描きと出会う
夜の闇をそのままハサミで梳いたような漆黒の長髪に、目尻の上がった大きな目。鼻筋が真っ直ぐ通った美人画のごとき綺麗な顔立ち。
窓から差し込む春の日差しに淡く照り映える白い肌は、まるで山桜のような。
それが俺に分かる彼女の情報。
このお絵描き少女の様相であった。
――お前、青春してねえだろ。
その後、少女は長いまつ毛に縁取られた目できっと俺を睨んで、そそくさと校舎消えてしまった。油絵は置きっぱなし。ここで待ってりゃまた会えるのだろうけど、ただでさえ俺はスクールカーストの底辺なのだ。さすがに始業式に遅刻していじめられるのは嫌なので、俺は肩に乗った桜の花弁を払って、中庭を後にした。
もう二度と出会うことは無いだろう、そう思っていた。
――また、出会った。
一年の時から階の上がった古くも新しい教室に、その少女はいた。一番前の席に座っている。あの美貌なのですぐに目についた。
無愛想な数学教師の抑揚の無い自己紹介を聞いて、次は俺ら生徒の番。端の奴がじゃんけんで負けて出席番号の大きい方から答えていくことになった。
みんなそれぞれの仮面を被って、蹴落とされまいと必死に立ち上がって声を出す。
寒いギャグに身震いし、いかにもオタクっぽいやつの趣味は大抵音楽鑑賞か読書だよな、なんて考えていると、俺に順番が巡ってきた。
「元
そつがなくこなす。教室に響くからまばらな拍手。ブーイングがなくてひと安心。
かわりにブーメランが飛んできた気がするのだが、それはきっと気のせいだろう。うん。
俺は、これから続く三十九人の他人との生活をどうやって乗り切ろうか、誰と共にいれば目立たず角が立たない高校生活が送れるだろうかと、紺のブレザーに身を包んだ生徒達を吟味する。
そして最後、カタンと椅子の鳴る音がする。さて、あの女は一体どんな仮面を被るのか……。
まぁ、結果から言えば、仮面なんて器用なものはコイツにはなかったんだけど。
「
――空気なんて読める超能力者は私に話しかけないで」
雪原をはしる風を思わす、キンと冷え切った声。
これで最後だと緩んでいた教室の空気が急速冷凍されて、静止する。
……どういう意味だ?
空気なんて読める超能力者? 言ってることはよく分からないけれど、それでも俺らに分かることがあるとするならば。
どこまでも澄んだ声だからこそ分かる、純度百パーの拒絶。彼女――天津風夜霧は俺らを拒絶している。突き放している。
立ち姿でさえも、まるで画面越しのように見える。
教室の空気と彼女の机の間には、明確な<膜>があった。
凍り付く教室。教師は苦笑いを浮かべて「は、はい。ありがとうございました」と声をかける。そのおかげでなんとか進行はしたものの、自己紹介終了後、すぐさま彼女の存在は話題になった。
「すげぇ可愛い、っつか綺麗だな。なんか性格やばそうだけど」
隣の席のミーハーそうな顔つきの男子が声をかけてくる。俺は素直に頷く。
「そうだな。こんなキャラが立ってる奴、同じ学年にいたか?」
「なんか今年度からの転校生らしいぞ。またとんでもないネタになりそうだな!」
名も無き男子は嬉しそうに口角を上げると、『新聞部』の腕章を装着して、早速スマホをいじっていた。新聞部なのか、こいつ。道理で俗っぽい顔してる奴だ。まぁ、情報網が広い奴と仲良くなるにこしたことはない。後で名前を覚えよう。
オリエンテーションと席替え――イベント好きの連中が担任を説得し、早々席替えを決めた――を兼ねたホームルームを終えて、休憩時間。
問題はすぐ俺の後ろにあった。というかいた。
天津風夜霧が見事、俺の後ろの席に落ち着いたのである。俺としては落ち着いていられないが。
さきほどから何をするでもなく黒板を眺めているだけの彼女。まるで一枚絵のように完成された容貌をしている。
俺とて男子高校生。可愛い女子は好きだ。ちなみに胸より尻派。
もしかしたら先ほどの発言はこいつなりのユーモアだった可能性もあるし、俺はこいつが絵を描いているということ知っているアドバンテージがある。
どうせ、どうせあと二年で終わる命。早く話しかけろよ、という視線もあることだし、うん。たまには挑戦も大事だろう。
まぁ、頭にこびりついたあの
俺は後ろを振り返り、ブラッド・ピットにも比肩するであろう爽やかスマイルを浮かべて、声を掛けた。
「なぁ、さっきの自己紹介ってどういう意味なんだ?」
ブラッド・ピットは問う。
なるべく軽く、お前のことなんて特に何も思ってないぞ、だけど興味はあるぞ。そんなどこか曖昧なスタイルで、俺は交流を試みる。
されど、俺は忘れていた。
こいつは、初対面の人間を動物扱いするような人間だということを。
「あんたみたいなつまらない人間とはお話できないって意味よ」
さらっと、天津風夜霧は、下手をすれば一生のトラウマになりかねない暴言を言い放った。
…………。
二の句が継げない。
なんてことになるのがまぁ普通だし正しいのだろうが。
俺は、天才が嫌いなのだ。だから、ちょっとした反抗心が芽生えてしまったのだ。
「――そんなことだからお前は青春が送れないんだろうが」
はたして、青春欠乏症で余命宣告を受けたような俺に――もちろんこの時の天津風がそのことを知っている訳はないのだが――そんなことを言われれば、一体何を思うのだろうか。俺は、だらしなく黒髪を伸ばした冴えない男子という恰好であり、少なくとも充実した青春を送っていないというのは一目瞭然。
して、俺は頬を叩かれた。
教室に甲高い音が響き渡るくらいの強さで、俺は思い切りビンタされたのだった。
まぁ、そうだよな。
自分の作品をチラリと見ただけの他人に知ったような口を利かれればキレるのは当然だ。その気持ちはよく分かる。痛いほど、分かる。
でも、暴力はいけないだろ……。
頬が熱く痛む。まるで火傷をしたようだ。
「あなたに――あなたに何が分かるのよ!」
天津風は親の仇を見るような形相で叫んだ。
教室は騒然とする。担任は呆気に取られて動き出す気配がない。
この状況の処理は俺がしないといけないらしい。
「少しは分かる。くだらねぇことで才能棒に振ってんじゃねぇよ。アホか」
我ながら少し熱くなっているのを自覚する。
けれど、それもしょうがないことだろう。
俺は頬を張られたのだ。そしてなにより、二度目だが、俺は天才が嫌いなのだ。それも自分の才能を無駄遣いするようなやつは、特に。
「……っ! 何を知ったように」
「少なくとも桜を青く塗っても青春は送れないってのは知ってる」
そんなことを試したこともあったな。
「そう、博識なのね」
「まぁな」
「じゃあ死んでもらえるかしら」
彼女は眉一つ動かさずに言った。
「脈略が無さすぎるわ!」
「伏線ならあったわ。あなたに絵を盗み見られてからというもの、ずっと死んでくれないかしら、と思ってたもの」
「読者にそんなこと一切も伝わってねぇ」
「読解力不足ね」
「そりゃ読解力っていうか読心術の域だろ……」
あれ、意外と会話出来てるな。
周囲の生徒も困惑しているようだ。男子がビンタされたと思ったら、急に軽快なやり取りをしているのだ。気持ちは分かる。
ただ、俺と天津風とのやり取りはここまでだった。
「……帰るわ。こんな人間と話すなんて無駄でしかない。黙ってカップラーメンが出来上がるのを待っている方がよほどマシよ」
彼女はスクールバッグを手に持つと、そのまま教室の外へと出ていってしまった。
俺含め、呆気にとあれる教室。
まさに波乱。
ただ大きな潮流に流されていればよかった俺は。
新学期初日、クラスから少し浮き始めた。
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