第34話「ようやくたどり着きし、ウィメンズ・ティー・パーティーのライブ」

 サアヤさんの挨拶のあと、ウィメンズ・ティー・パーティーが弾き始めたのはカバー曲らしかった。


「らしかった」というのは、俺はその曲のことをまったく知らなかったからだ。


 子供の頃からおじいちゃんと親父に英才教育を受けまくった結果、俺の聞く音楽は洋楽に偏重へんちょうし、邦楽は一部のいいなと思う曲以外はほとんど聞くことはなかった。


「あ、この曲知ってる」


 でもナナは知っているみたいで、それで俺はウィメンズ・ティー・パーティーが演奏している曲がカバー曲であることを知った。


「有名な曲なの?」


「嘘でしょ、知らないの? 大ヒットドラマの主題歌なのに」


「知らない。俺、アニメしか見ないから……」


「そうなの?」


「うん、実写の作品は役者の演技が下手すぎて見てらんないんだよ。連中、とりあえず絶叫すればなんとかなると思いすぎなんだよ……」


「ハハハ、サトシって意外と辛辣だよね……」


 ウィメンズ・ティー・パーティーが演奏しているのにナナとの会話に興じていては、あとでサアヤさんに怒られてしまいそうなので、ナナに曲名を教えてもらってからは集中してライブを見ることにした。


 ウィメンズ・ティー・パーティーのセンターはもちろんギターボーカルのサアヤさんで、その後方、俺から見て右側にリードギターのウーター先輩とキーボードのモエピ、俺から見て左側にベースのマッチとドラムのパーラーがいた。


 露出の多い刺激的な衣装をしているのはサアヤさんだけで、他の4人は袖こそノースリーブだけれども、別に谷間もおへそも見せていなかった。


 サアヤさんの谷間やおへそもエレキギターで隠れていたので、俺は余計なことは考えず、音楽だけに集中することができた。


 サアヤさんの歌唱力はやはり素晴らしく、お友達以外、誰も盛り上がっていなかった1組目、2組目のバンドと違って、たまたま居合わせたお客様の心もつかんだみたいで、後方にいたお客様たちのうち、何人かが前に出てきた。


 間奏のウーター先輩のギターソロも、まるでプロが弾いているんじゃないかと思うほどのうまさで、目立つ二人のことを脇役に徹して支えるモエピ、マッチ、パーラーのリズムセクションのグルーヴ感も素晴らしかった。


「なんだ、めちゃくちゃうまいじゃないか……」


「フッフッフッ……当然ですよ。ただ、見た目がかわいいだけでなく、歌と演奏がうまいからこそ、私はウィメンズ・ティー・パーティーのファンになったんですからね」


「ん?」


 ナナのいる右側からではなく、左側から声が聞こえてきたことを不審に思った俺が、声のした方を向いてみると、そこにはゴスロリワンピではなく、警備員の服を着た岩成さんが、例によって腕組みしながら立っていた。


 なぜか仮面を着けていないのに、堂々とウィメンズ・ティー・パーティーのライブを見ていた。


 岩成さんは出禁のはずでは?


「い、岩成さん……なんでここに?」


「フフフフフ。私の偉大なるサアヤさんライブ全通記録は誰にも途切れさせることはできないのです」


 やっぱり岩成さんは仮面を着けていないと、ですます調だった。


 さしもの岩成さんもウィメンズ・ティー・パーティーが演奏中に大声をあげるほど非常識ではなく、ギリギリ俺に聞こえる程度の声で話していた。


「どうやって出禁処分を解除してもらったの? ていうか、なんて警備員の服着てるの?」


「フフフフフ、愚問だな。私をサアヤさんから引きはがそうとする愚か者を殺害しても罪にはならない……」


「いや、なるよ! 今すぐ自首した方がいい、その方が罪は軽くなる……」


 俺のツッコミを聞いた岩成さんは冷ややかな視線を向けてきた。


「いや、何、本気で受け取ってるんですか? 冗談に決まってるでしょう」


「いや、冗談ならもっと笑える冗談を言えよ。お前なら本気でやりかねないんだよ……」


「今日、初対面の人に向かってなんてこと言うんですか? 礼儀知らずで失礼な人ですね……」


「お前にだけは絶対言われたくない!!」


 岩成さんのあおりゼリフに、俺はついつい声を荒らげてしまった。


「お前って呼ぶのやめてもらえますー? 初対面の人をお前呼ばわりするとか、あなた、いったい何様のつもりなんですかー?」


「ぐぬぬぬぬ……」


「ほらそこ、喧嘩しないの。サトシくん、ミキちゃんの言うことにいちいち反応しちゃダメだよ」


 俺が岩成さんへの怒りに震えていたら、いつの間にやら1曲目が終わっていて、サアヤさんに注意されてしまった。


 もちろんその声はマイクを通してライブハウス中に響き渡っており、数少ないお客様がクスクス笑う声が聞こえてきて、恥ずかしかった。


「それじゃあ2曲目聞いてください。2曲目もカバー曲です。皆さんもご存知のはずの、あの有名なアニメ映画の主題歌です」


 2曲目は俺でも知っているぐらい有名な、男女が入れ替わっちゃう、歴史的大ヒットアニメ映画の主題歌だった。


 もちろんサアヤさんの歌も、それを支えるウィメンズ・ティー・パーティーの演奏も素晴らしかったが、俺は自分の左隣にいる岩成さんのことが気になって、まったく音楽に集中することができなくなっていた。


「ねえ、なんで警備員の服着てるの?」


「気になりますか?」


「気になるよ、そりゃ」


「しょうがないですね、哀れなお豚様に教えてあげますよ」


「いや、豚呼ばわりされるほど俺、太ってないと思うけど……そして初対面の人を豚呼ばわりするのは、お前呼ばわり以上に悪辣……」


 そんな俺の抗議を無視して、岩成さんは話を続けた。


「簡単です。警備員さんにも賄賂として1万円札を渡したんです」


「いや、お前、金持ちだな……」


 中学生なのに2万円持ち歩いてるとか、本当にお主何者?


 そして中学生に1万円で買収されるおじさんたちは悲しくないのか?


「その上、土下座して頼み込みました。『サアヤさんのライブを見られないぐらいなら死んだ方がマシです。もう誰にも迷惑かけませんから、お願いですから、ライブだけは見させてください! もしそれが許されないというのなら、今すぐ道路に飛び出して死にます! 車にかれて死にます!!』と……そうしたら『死なれちゃ困るけど、でも君は出禁だから、じゃあもう警備員のふりでもして中に入れば?』ってことで、女性警備員用の服を貸してくれたんですよ」


「なんだそりゃ……ちょっと賄賂渡したり、脅迫したりするだけですぐ入れるなんて、出禁の意味がまったくないじゃないかよ……」


「そのゆるさのおかげで私は助かってますけどねー」


 岩成さんは「大人はチョロいぜ」と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべていた。


「それにしても、ライブ見たいから土下座て……お前にはプライドってもんがないのかよ?」


「プライド? そんなものより、サアヤさんのライブを見る方が大事です。サアヤさんのライブを見られるのならば、土下座などいくらでもしてみせますよ。言ったでしょう、サアヤさんのライブを見るためならば泥水もすするし、全裸にもなると……」


「ああ、そうですか……そこまでして見たいライブの真っ最中なのに、俺と話をしていていいのかい?」


「はっ、そうでした。邪魔しないでくださいよ、この豚野郎!!」


「いや、口悪いな、ホント……」


 でもマッチとかのせいで、変なあだ名で呼ばれるのには慣れっこだったので、「豚野郎」と呼ばれたぐらいでは、もはやなんとも思わなくなっていた。


 いや、なんとも思った方がいいんだろうけれども、「おっぱい星人くん」よりは「豚野郎」の方がマシだなどと思ってしまった、残念ながら……ああ、ラーメン食べたい……


 閑話休題、岩成さんと話しているうちに、2曲目も終わってしまった。


 1曲目も2曲目も元の曲はせいぜい5分ぐらいのはずだが、ウーター先輩が間奏で無駄に長くギターソロを弾くものだから、もうライブが始まってから20分ほどの時間が経っていた。


 ウィメンズ・ティー・パーティーの持ち時間はあと10分だ……まあ、この手のライブが時間通りにきっちり終わることなんてないらしいが……現に1組目と2組目も10分ぐらい押してたし……


 2曲目を歌い終えたサアヤさんはギターをスタンドに立てかけて、バンドのメンバー紹介を始めた。


「多分、ほとんどの人は今日、初めて私たちのことを見ると思うんで、ちょっと遅くなっちゃったんですけど、自己紹介しますね。私たちはウィメンズ・ティー・パーティーって名前のガールズバンドで、メンバーの5人中4人は幼なじみなんです。今はみんな高校生なんですけど、バンド自体は中学生の頃からやってて……」


「ふーん、そうだったんだ……って、なんだよ、いきなり!?」


 俺が叫んでしまったのは、隣にいた岩成さんにいきなり、両手で目隠しをされてしまったからだ。


「あなたのようなドスケベ豚野郎に、サアヤさんの谷間とおへそを見せるわけにはいきません。サアヤさんの純潔は私が守ります。だから隠しているのです」


「ふざけるなよ……」


 さしもの温厚な俺も、ついに怒りが頂点に達したらしく、無意識のうちに岩成さんの両手をつかみ、全力をもって手を目から引き剥がした。


 我ながら情けない話だが、そこまでしてでも見たかったのだ、サアヤさんの谷間とおへそを……


「痛い痛い痛い……何をするんですか!? 助けて、警備員さーん! この人が私にいきなり乱暴を働いて……こんな奴、出禁にしてください! 出禁に!!」


 岩成さんの言葉を聞いた2名の警備員が俺たちのところに近づいてきたが、両腕をつかまれて連れていかれたのは俺ではなくて、岩成さんの方だった。


「なぜだ!? 今まではともかく、今回ばかりは絶対にあいつの方が悪いはず? 何? 『もう2曲聞いたから充分満足だろう? 野球の連続試合出場記録だって代打で1打席でも出れば記録継続なんだから、2曲も聞けば全通記録も継続だよ』って、なんだよ、その理屈!? そういう問題じゃなくて……ああ、いやあああああっ! サアヤさああああああああんっ!!」


 こうして、岩成さんは本日3回目の退場処分を受けるという、前人未到の大記録を達成し、歴史に名を刻むことになった。


「うるさいのがようやくいなくなってくれたんで、改めて自己紹介しますけど、私はギターとボーカルをやっている松永サアヤです。よろしくお願いします」


 そう言って、頭を下げたサアヤさんに、まばらな拍手が送られた。


「で、こっちにいるのがリードギターの京山ウタで、こっちにいるのがベースの京山マチ。二人は姉妹で、私の家の近くに住んでるんですよ」


「私がスーパーギタリストのソングだ! よろしく!!」


 ウーター先輩はご挨拶代わりにギターソロを弾いた。


 そのソロはとてもとてもうまいのに、なぜ自分のことを「ソング」と呼ばせることにそこまでこだわるのか、その理由が俺にはさっぱりわからなかった。


「ベースのマッチです、よろしく……」


 マッチは姉とは違って控えめな声で、ご挨拶代わりのベースソロも控えめだった。


 まあ、ベースだし……さしものマッチも、ジャコ・パストリアスみたいなソロが弾けるわけではなかろうし……


「で、一番後ろにいるドラマーがパーラーこと二条ヒトミ。彼女も私の家の近所に住んでるんです」


「ドラムのパーラーです! 皆さん、今日は最後まで楽しんでいってくださいね……って言っても、今日はもう次の曲で最後なんですけどね、アハハハハ」


 パーラーのドラムソロは、その小さな体からは想像もできないほどのパワフルさだった。


 まるでアート・ブレイキーみたいだった。


「そして、最後は最近加入した新メンバー、キーボードの近藤モエコさんです」


「あ、あの……よろしくお願いします……」


 今日のモエピは弱気な日なのか、挨拶の声は小さく、弱々しいものだったが、キーボードソロはいつものようにバド・パウエルで、そのギャップはすさまじいものだった。


「私たち5人ともヤマダ学園の生徒なんです」


 サアヤさんの言葉を聞いたお客さんのうちの何人かが「おお」と驚きの声をあげた。


 防府市ほうふしにおいてはヤマダ学園と言えば秀才の集まる高校だということは知れ渡っていて、頭のいい子たちがこんなに歌えて、演奏できるということに驚いているのだろう、多分……


「それじゃあ、早いんですけど、もう次が最後の曲になってしまいました。今までの2曲はカバー曲だったんで、皆さんもご存知だったと思うんですけど、今からやる曲は絶対に知らないと思います。なぜなら私、松永サアヤが最近、作詞作曲したオリジナル曲だからです」


 ほほう……サアヤさんは曲を書ける人だったのか、それは知らなかった……


「それでは聞いてください、今日の最後の曲……」

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