第6話「アカちゃん先生」

 ナナと別れて、1年A組の教室に入ったが、残念ながらここには見知った人はいない。


 だから俺は大人しく、自分の机を見つけ、椅子に腰かけて、時が過ぎるのを待った。


 俺は「池川いけがわ」で出席番号は2番だから、席も前から二番目だった。


 廊下側じゃなくて、窓側の席なのは嬉しかった。


 女子たちは友達を見つけて、キャッキャ、キャッキャと楽しそうに話していたが、俺は特に何もすることがなく、左手で机に頬杖ついて座り続けていた。


 パリピ的な男子に話しかけられて「友達になろうぜ」なんてこともなく、穏やかに時は過ぎていった。


 自分から誰かに話しかけて、友達を増やすというような芸当ができる高いコミュりょくを、俺は持ち合わせていなかった。


 やがてチャイムが鳴り、友達と歓談していたクラスメートたちが椅子に座った。


 それからしばらくして、教室のドアが開き、誰かが中に入ってきた。


 教室の誰もが、担任の先生が入ってきたと思ったことだろう。


 しかし、教室に入ってきたのは、幼女だった。


 誰がどう見ても、小学生だった。


 背も体も小さかった。


 見た感じ、身長140センチにも満たないのではなかろうか。


 まごうことなき、幼女だ。


 しかし、スーツを着ている。


 これはいったいどういうことなりや?


「お嬢ちゃん。どうしたんだい? ここは高校だよ。間違って来ちゃったのかな? しょうがないなぁ……」


 俺や他の生徒たちが幼女の正体をはかりかねていた時、俺の一つ前の席のチャラそうな男子生徒が、やけにキザな声で、教室に入ってきた幼女に話しかけた。


「ああん?」


 すると、途端に幼女の目つきが悪くなり、前の席のチャラ男のことをにらみつけた。


「や、やだなぁ、お嬢ちゃん。お母さんとはぐれて不安なのはわかるけど、にらまないでくれよ。ほら、お兄ちゃんが小学校まで連れていってあげるからね、一緒に行こうよ」


「ああん!?」


 前の席のチャラ男は度胸があるのか、はたまた空気が読めないのか、幼女との会話を続け、立ち上がったが、そのせいで幼女はますます不機嫌になった。


「お姉ちゃん! 先に行かないでって言ったじゃん!」


 幼女がチャラ男をにらみつけて膠着状態になっていた時、教室に新たな人物が入ってきた。


 その人物はスーツに身を包んだ、背の高い女性で、俺や、他の生徒たちの混乱はますます深まった。


 なんたって「お姉ちゃん」と言っているのだ、目の前の幼女に向かって。


「ミズキ! 学校で『お姉ちゃん』って呼ぶんじゃないよ! それにそこのお前!!」


 幼女は鋭い眼光で、チャラ男のことを指さす。


「え? 僕?」


「私は小学生じゃねえ! お前たちのクラスの担任の、細川明里ほそかわあかりだ!!」


「え?」


 幼女の絶叫を聞いて、教室中が唖然とした。


 こんな教卓から顔しか出ていないようなロリ先生が担任だなんて、どんなアニメだよ……


「誰がロリ先生だ!! それにアニメじゃねえぞ! 現実だ! バカヤロー!!」


 し、しまった……心の声が口に出てしまっていたのか?


「誰だ、今『ロリ先生』って言った奴はよう!? お前か、一番前の奴! ああん!? 人を見た目だけで判断すると痛い目見るぞ、コノヤロー!!」


 よかった……俺が言ったとバレずにすんだ……というか、目の前のチャラ男が罪を被ってくれた。


 チャラ男は細川先生の言葉にビビったのか、何も反論せず、大人しく椅子に座った。


 細川先生の発言、字面だけ見ると、相当に怖くて汚いが、いかんせん、しゃべっているのは見た目幼女のロリ先生である。


 しかもこの先生、めっちゃアニメ声だから、どんなに汚い言葉を吐いたところで、ちっとも怖くはなかった。


 むしろ、かわいかった。


 そう思ったのは俺だけじゃなかったのか、女子生徒たちは「いやーん! かわいいー!」などと歓声をあげていた。


「うるせー! うるせー! 担任のことをかわいいとか言ってんじゃねえ! お前ら!! 礼儀ってもんを知らねえのか! こらぁ!!」


 幼女……もとい、細川先生はまたしても汚い言葉で絶叫したが、女子たちの歓声は止まなかった。


「アカリちゃん! かわいいー!!」


「アカリちゃんっていうか、赤ちゃんみたい! 超かわいいー!!」


「アカちゃん先生ー!!」


「うるせー!! 黙れ!! 誰がアカちゃん先生だ! 私は今年で28ちゃいだぞ!!」


「えー! 見えなーい! 超かわいいー!!」


 に……28ちゃいだと……ロ、ロリババアじゃないか……ロリババアって、実在していたというのか……


「ああん! 誰だ今『ロリババア』って言った奴は!? 28ちゃいはババアじゃねえよ! コノヤロー!!」


 し、しまった……またしても心の声が、勝手に口に出ていたらしい……このクセ直さないと、マジで命に関わりそうだ……


 ていうか「28ちゃい」て、この先生は川島みじゅきさんのファンなのか?


 だとしたら、俺と気が合うかも……


「ババアでもかわいいよー!」


 俺がまたしても余計なことを考え始めた時、命知らずな女子生徒が先生にヤジを飛ばした。


「うるせー! ババアって言うな!! とにかく、いい加減に黙らないとお前ら全員ぶっ殺すぞ!!」


 先生はついに堪忍袋の緒が切れたのかなんなのか、先生……っていうか、社会人……っていうか、人間が人間に対して言ってはいけないような、物騒なことを言い出した。


「お、お姉ちゃん、落ち着いて! そんなこと言ってると、またクビになっちゃうよ!!」


 そんな先生のことをもう一人の先生と思われる女性がなだめた。


「うるせー! 学校でお姉ちゃんって呼ぶなっつってんだろうが! それに前の学校はクビになったんじゃねえ!! あんな腐った学校、こっちからやめてやったんだ!!」


 あれ?


 この先生、今なんかとんでもないことをサラッと言ったような……


「ていうか、お前まだ自己紹介してねえだろう! さっさとしろ!! バカヤロー!! そしてお前ら聞けー! 黙って聞けー!!」


 細川先生がそう叫んでも、女子生徒たちの「かわいいー!!」という歓声と拍手がやむことはなかった。


 そんな中で、背が高い方の先生の自己紹介が始まった。


「あ、えっと、私はこのクラスの副担任を務めることになりました細川瑞希ほそかわみずきです。名字が同じだからわかると思いますが、こちらの細川アカリ先生の妹です」


「え?」


 背の高い先生が自己紹介した途端、それまで騒がしかった教室が急に静かになった。


 そりゃあそうだろう。


 この二人の細川先生……便宜上、アカちゃん先生とミズキ先生と表記することにしよう……とにかく似ていないのだ。


 背の高さがまるで違うし、顔も似ていない。


 誰だって思うはずである、「細川家、複雑な事情があるに違いない」と……


「おい! 何、急に静かになってんだよ、お前ら! 私とミズキは父も母も同じ、ちゃんと血のつながった普通の姉妹だ!! 異母姉妹でも、連れ子同士でもねえよ!! ゲスの勘繰りはやめろ!! ガキのくせに!!」


 生徒たちの思っていることを察したらしい、アカちゃん先生が、そう叫んだが、教室が元のような喧騒に戻ることはなく、静まり返っていた。


 そんな中でミズキ先生の自己紹介が続く。


「え、えっと、私は副担任としてクラスを受け持つのは、これが初めてなので、いろいろと至らないところもあると思いますが、これから一年、よろしくお願いします」


 自己紹介が終わった時、俺は無意識のうちに拍手をしていて、他の生徒たちも俺に続いて拍手をした。


「よし! 詳しい話はまたあとでするとして、お前ら、今から体育館に行って、入学式だ! さっさと並んで、私についてこい!!」


 アカちゃん先生の言葉で、生徒たちは廊下に出て、出席番号順に整列して、体育館に向かった。


 体育館に向かって歩いている時、俺は思わずにはいられなかった。


 担任の先生のクセがすごい!!

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