第7話「隣の席のコミュ力(りょく)お化けと、そのまた隣の席の目隠れクール」
入学式は別に特筆するようなことは何もなかった。
一応、市長とか県議会議員とか、市議会議長とからしいが……ていうか、政治家が何人も来賓として来るなんて、この高校、そんなにレベルが高いのか?
司会者が国会議員からの祝電も読んでたぞ。
俺はめちゃくちゃ不純な動機で、この超進学校に入学してしまったわけだが、勉強、ついていけるのかな……
今さらながら、そんな不安を抱き始めた時、新入生代表の挨拶があった。
新入生代表はもちろん、髪がドリルの山田クレナお嬢だった。
自分とは住む世界の違うお嬢様がのたまう美辞麗句など、頭に入ってくるわけもなく、全部右から左だった。
でも、改めてよく見てみると、このドリルお嬢、なかなかにかわいかった。
金持ちの娘のはずなのに、まるでモデルのように長身のスレンダーで、スタイルがとてもよかった。
脚がとても細くて、「よく、この脚で立っていられるな」と思ってしまうほどだった。
コネで入ったのかもしれないが、この高校に合格して、しかも特進クラスに入るということはつまり、頭もいいはずである。
才色兼備。
しかも金持ち。
これがいわゆる「天が二物も三物も与える」というやつなのかと思わずにはいられなかったが、別に憧れるとか、妬ましいとか、そんな感情は俺にはなかった。
あまりにも住む世界が違いすぎて、別次元の人間に思えてしまったのかもしれない。
別次元の人間に対して、嫉妬なんかしてもしょうがないじゃないか……
そんなクレナお嬢の挨拶のあとも、ボーッとパイプ椅子に座り続けていたら、入学式は終了し、俺とクラスメートたちは再び、1年A組の教室に戻ってきた。
「よーし! お前ら!! まずは席替えするぞ、席替え!!」
教室に戻るなり、アカちゃん先生が衝撃の発言をした。
席替えって、入学式当日にするものなのか?
せっかく窓側の席なのに、動くのは嫌だな……
俺と同じような疑問や不満を抱いた生徒たちがブーブー文句をたれていたが、その程度で考えを改めるような先生なら、ハナからこんな乱暴な口調でしゃべるわけはないのであった。
「うるせー! こういうのは早いうちにやった方がいいんだよ! もう用意したんだから、さっさと引け! お前ら!! このくじを!! 黙って引けー!!」
このご時世に生徒のことを「お前ら」呼ばわりするアカちゃん先生に本気で逆らうような、骨のある生徒はこのクラスにはいないみたいで、結局は先生の
俺も大人しく、くじを引いた結果、窓側の席は死守したが、前から二番目の席だったのが、一番後ろの席に後退してしまった。
いや、一番後ろの方がいいのかもしれない。
だって、あの先生、前の席にいるとウザ絡みしてきそうで怖いんだもの。
いくら見た目幼女で、アニメ声でも、あの乱暴な口調で、毎日のようにウザ絡みされたら、さぞストレスだろう。
なるべく絡まれないように、悪目立ちしないようにしないとだよなぁ……
新しい自分の席に座り、そんなことを考えていたら、右隣の席になった生徒が俺の右肩を叩いて話しかけてきた。
「どうも、ボクは
そう言われて、俺は戸惑った。
その生徒が着ているのは明らかに女子の制服で、下はスカートだった。
髪も長くて、ポニーテールにしている。
にも関わらず、一人称が「ボク」ってどういうこと?
もしかして、心は女だけど、戸籍上は男とかそういうことなのか?
たしかに胸はぺったんこで、
いや、でも名前「瞳」って言ってたし……
しかし、昔から仲のよかった幼なじみが、実はLGBTのLだったのだ。
今、目の前にいるこの子が、LGBTのTだったとしても、文句は言えないのではあるまいか……
「どうかしましたか?」
俺が戸惑っているのを見て、二条さんは不思議そうな表情で、俺の顔をのぞき込んでいた。
「あ、いや、別に……」
さすがは「瞳」と名付けられただけのことはあって、その目は吸い込まれてしまいそうなほどの大きさで、それに見つめられたものだから、俺はどぎまぎしてしまって、つい目をそらしてしまった。
「あれ? ひょっとしておたく、コミュ障ですか? 話しかけない方がよかったですか?」
いけない。
男か女か、それとも第三の性なのかは知らねども、せっかく向こうから「仲良くしましょう」と言ってくれたものを、無下にするわけにはいかない。
一人称が「ボク」で三人称が「おたく」なのは引っかかったし、危うく「二条さん」じゃなくて「一条さん」と呼んでしまいそうになったが、とにかく俺は再び、二条さんの方を向き直して、自己紹介をすることにした。
「俺は池川サトシだよ。よろしく、二条さん」
俺が返事をすると、二条さんはニコニコ笑顔になった。
「池川くんですかー。なかなかいい顔してますねぇ、モテるでしょ?」
「いや、別に……」
「またまた! ご謙遜!!」
な、なんだ、こいつは?
初対面の男に向かって、何も臆することなく話しかけてきたばかりか、つい今しがた初めて話したばかりなのに、もう何年来かの友達のごとく、フランクに接してきよったぞ。
これはあれか?
いわゆるひとつの「コミュ
「どうかしましたか?」
俺が黙ってしまったものだから、二条さんはまたしても大きな瞳で、俺のことを見つめてきた。
いけない。
かわいい……
「いや、別になんでもないよ……」
「さっそくだけど、ライン交換しましょう」
えええええええええええええええええ!!
たまたま席替えで隣の席になっただけの男に、ライン交換をお願いしてくるとか、お主何者?
「い、いいけど、今スマホ出したら、あの先生に怒鳴られそうだから、またあとでね」
俺は戸惑いのあまり、交換を先送りにしてしまった。
「そうですか。まあたしかに、スマホ没収されても困りますし、またあとでですね……あの先生、スマホ没収したら、その場で叩き割りそうですもんね」
「ハハハ、かもね……ところで……」
まだ席替え後の席移動は続いていて、生徒たちは自由に歓談しており、アカちゃん先生もそれを咎とがめることはなかったので、俺はいろいろと気になっていることを、二条さんに聞いてみることにした。
「なんですか?」
「あの……二条さんは……女なんだよね?」
質問してから、あまりにもデリカシーのない質問だということに気づいてしまったが、もうしゃべってしまったので、取り消すことはできなかった。
「えっ?」
あまりにも突拍子のない質問だったからなのか、さしものコミュ力お化けも一瞬固まってしまった。
「あ、ああ、ボクの一人称が『ボク』だから、ひょっとしたら男かもしれないとか思っちゃったんですか? いやだなぁ……ボクは正真正銘、女ですよ! 安心してください、ボクの股間には何もついてませんよ!! 触ってみますか?」
「い、いや、大丈夫です……」
まさか初対面の女性の股間をまさぐれるほど、俺はクレイジーな男ではなく、そっぽを向きながら、二条さんの提案を拒否した。
「何、本気で受け取ってるんですか、冗談に決まってるでしょう……」
二条さんはそんな俺のことをジト目で見つめてきたが、それはそれでかわいかったので、俺はやっぱりそっぽを向くことしかできなかった。
「それより池川くんは漫画とか読まないんですか? 二次元の世界じゃ『ボクっ娘』って有名なんですよ」
俺がそっぽを向いていても、お構いなしに話を続ける辺り、やはり二条さんはコミュ力お化けだった。
「いや、ボクっ娘は知ってるけど、まさか現実世界にいるとは思わなかったものだから……」
無視するわけにもいかないので、俺は明後日の方向を向きながら、二条さんとの会話を続けた。
「ハハハ。ボクの一人称が『ボク』になったのにはいろいろと複雑な事情があるんですけど……今は時間がないのでお話できそうにないですね」
「そうなんだ。ところで、もう一つ聞きたいんだけど」
俺は「複雑な事情とは?」と思いつつも、他にも聞きたいことはあったので、話題を変えた。
「なんですか?」
「なんで、同級生に敬語で話してんの? タメ口でよくない?」
「それにも深い深い、複雑怪奇な事情がありまして……この短時間では到底説明できませんね」
「そうなんだ」
「パーラー、いつまでそんな男と話してるのよ」
俺が右隣の席の二条さんの「事情」がなんなのか気になりまくっていたところに、二条さんの右隣の席に座っている女子が二条さんに話しかけてきた。
「え? パーラー?」
俺が謎の呼び名に驚いて声を上げると、
「パーラーはこの娘このあだ名よ。そんなことも知らないの?」
二条さんの隣の女子は、綾波レイ以来、アニメにたくさん出るようになったクール系女子のあの口調で、俺に話しかけてきた。
よくよく見ると、長い前髪で片目が隠れている。
コミュ力お化けのボクっ娘の隣に、目隠れクール女子がいるだと……
なんだこれは?
俺は突然、二次元の世界に迷い込んでしまったとでもいうのか?
担任はロリ先生だし……
「まあまあ、池川くんとは初対面なんですから、ボクのあだ名なんか知ってるわけないじゃないですか、知ってる方が怖いですよ。ねえ、池川くん……って、何やってるんですか?」
二条さんに話しかけられた時、俺は自分の両手で両ほっぺをつねっていた。
この高校にいるのが、あまりにも現実離れした女子ばかりなので、夢を見ているのではないかと疑ってしまったからだ。
そう、あの「天神さま」を自称する謎おじさんが見せている夢なのではないかと思ってしまったのだ。
残念ながら……なのか、喜ぶべきなのかは知らねども、両ほっぺはとても痛かった。
どうやら夢の中ではないらしい……
「あ、ああ、大丈夫、ちょっと確認したいことがあっただけだから。それより、なんであだ名がパーラーなの? 二条ヒトミさんだよね」
「それも話すと長くなってしまうので、今ここでお話するわけにはいかないんですよねぇ……」
俺がまたしても当然の疑問をぶつけると、二条さん……いや、パーラーは腕組みをして、目を閉じてしまった。
ひょっとして先程から俺は、聞いてはいけないことを聞いてしまっているのだろうか?
地雷、踏みまくってるのかも?
「あ、じゃあ、その由来はまた今度聞くとして、そのお隣の席の方はどなた?」
俺が問うと、パーラーは目を開けて、腕組みを解き、急に早口で話し始めた。
「ああ、こちらの方はボクの中学時代からの友達の
あ、そっちはわざわざ由来を聞くまでもないあだ名なのね。
俺はそう思ったが、口には出さず、京山さん……いや、マッチに挨拶をした。
「よろしく、マッチさん」
「さんはいらない。マッチでいいわ」
「じゃあ、マッチ。よろしく」
「よろしく」
口調も言葉も和やかだったが、なぜかマッチの前髪で隠れていない方の左目は、俺のことをにらんでいた。
その瞳に宿っていたのは間違いなく、憎しみの炎だった。
えっ? なんで?
俺、なんか悪いことした?
この短時間で、何か嫌われるようなことしたっけ?
まったく思い当たる節はない。
「と、とりあえず、二人ともこれからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします!!」
「よろしく……」
そろそろ席替えも終わりそうだったので、俺は話を切り上げることにした。
パーラーは笑顔だったが、マッチは依然、怒りの炎を燃やし続けていた。
その理由が、俺にはさっぱりわからず、つい窓の方を向いてしまった。
空は雲一つない青空で、ポカポカ陽気だったが、俺は背中に突き刺さる燃える視線のせいで、背筋も凍る思いをしていた。
燃えているのに、凍っているとはこれいかに?
禅問答かよ……
そもさん……
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