第4話「早く彼女ができるといいね」
「はあああああああっ!!」
俺が夢から覚めて飛び起きた時、もうすでに夜は明けていた。
「入学式の朝になんて夢を見てるんだ、俺は……」
俺はベッドの上に腰かけながら、頭を抱えて恥じた。
いくらナナにふられたのが悔しかったからって、学問の神様たる
まあ、あのおじさんが本当に菅原道真とは到底思えんけどな……軽薄すぎたし、何より菅原道真が死んだあとのことを知りすぎてたからな……菅原道真の時代には「地球」なんて言葉はなかったんじゃないのか?
なんにせよ、あまりの恥ずかしさに、このまま二度寝して、学校をサボってやろうかとも一瞬思ったが、いかんせん、今日は入学式。
入学式を欠席などしてしまったら、ハーレム学園生活どころか、恐怖のぼっち学園生活が待っていることだろう。
行くしかない。
もし休んでしまったら、ナナが「私がふったせいかも」とか言うて、気に病んでしまうかもしれぬ。
さすがに、それは悪い。
俺はきちんとベッドから出て、ちゃんと登校の支度をした。
そして朝食を終えたら、ナナが迎えに来てくれたから、一緒に登校することにした。
ナナいわく「ふられたショックで、学校行きたくないとか言い出しそうだから迎えに来た」ということらしい。
俺は一応「そんなことないよ」とは言ったが、実際はナナの言う通り、「学校行きたくない」と一瞬だけとは言え、思ってしまったのだから、幼なじみの洞察力というのは恐ろしいものだ。
ひょっとしたら、夢で見た天神さまのように、ナナにも俺のモノローグが読まれているのかもしれない……
って、そんなわけないか。
俺とナナが今日から通う、私立の進学校、「
でも今日はナナと一緒に登校するので、自転車には乗らず、手で押して歩いて、ナナと談笑しながら、登校していた。
「でも、サトシ。よく合格できたわね。ヤマダと行ったら、防府一の進学校、毎年のように東大京大現役合格者を出している超難関校なのに」
「まあ、頑張って勉強したからね」
本当は「どうしてもナナと同じ高校に行きたくて、必死で勉強した」のだが、昨日のことを思えば、真実は言えるわけもなかった。
「よかったわね、努力が実って、無事に合格できて」
「ああ、本当にね」
俺はナナの方を向くとまたしても、たゆんたゆんなおっぱいに目線が釘づけになってしまいそうだったので、あえてナナの方を向かずに会話をしていた。
そうだよ、道を歩いている時は前を見て歩く、これは常識だ。
でも、今ちょっと左の方を向けば、歩くたんびに揺れるおっぱいが見られる……
チラリとでも左を向けば、
ブレザーの下に潜んだ爆乳が、
バインバイーン、ボヨヨンボヨヨーン……
「ちょっと、サトシ! 信号赤よ!!」
ナナの叫び声を聞いて、俺はあわてて立ち止まった。
昨日は「
幼なじみの目の前でミンチにはなりたくはない……
「まったく、何、ボーッとしてるのよ」
「すいません」
「ひょっとして、昨日のこと引きずってる? だとしたら、ごめんね」
「いや、いやいや、全然引きずってないよ、全然」
まさか、ナナのおっぱいを見るか見まいかで迷っていたから赤信号に気づかなかったなどとぬかせるわけもなく……
「ホントに?」
「うん、ホントだよ、ナナはなんにも気にしなくていいから。いつも通りに行こう。いつも通りに」
「そうね、いつも通りにね」
ナナが笑顔になってくれたので、俺は安心することができた。
そう、昨日は何もなかったのだ。
告白なんてなかった!!
なんぞと好きな作品のアニメ化が失敗した時のオタクのようなことを思っている場合ではない。
せっかくナナと一緒に登校しているのだ。
黙ったまま歩くのはもったいないので、俺は今朝見た夢の話をすることにした。
「なあ、ナナ」
「何?」
「ナナは夢に神様が出てきたことってあるか?」
「神様? ないよ。何? サトシの夢には神様が出てきたの?」
「うん。夢に出てきた神様は、自分のことを菅原道真だと名乗っていた」
「菅原道真? 天神さま?」
「うん。それで俺にこう言ったんだ。『高校時代をお前のモテ期にしてやる』って」
ナナにふられたのを不憫に思われてそういうことになったというくだりはあえて省いた。
なんでもかんでも言えばいいというものではない。
「モテ期?」
「うん」
「そっか。よかったじゃない。モテ期が来るってことはつまり、すぐに彼女ができるってことでしょ」
所詮は夢の話なのに、バカにしたりしないで、きちんと受け止めてくれるところがナナの優しさか。
そう、ナナは基本的には優しいのだ、怒ったら怖いけど。
でも、そんなものは誰だってそうだろう、むしろ逆に怒っても全然怖くない人がいるのならば、
「サトシ?」
いけない……またしても、思索の世界にトリップしてしまうところだった……
会話に戻らなくては……
「でも、『モテ期が来る』なんてのは、夢の中の神様がそう言っていただけで、なんの根拠もなくて……」
「でも、信じる者は救われるって言うでしょ。素直に信じときなさいよ」
「そんなもんかね……」
「そうそう。サトシに早く彼女ができるように、私、応援してるからね」
ナナは笑顔でそう言ったが、俺の心は少しだけ複雑だった。
いくらなかったことにしようとしても、やはり昨日の今日なので、多少は未練がつのるのだ。
「それはありがとう……ナナにも早く……彼女ができるといいね」
それでも俺は、そんな本心を隠して、「本当にこんなこと言っていいのかな」と、少し戸惑いながらも言ってみた。
「うん……ありがとう……」
俺の言葉を聞いたナナの表情が曇ることはなかったので、俺は安心した。
と同時に、本当にナナが女の子のことを好きなのだ、彼女が欲しいと思っているのだということを知り、なんとも言えない、不思議な気持ちになっていた。
「彼女ができるといいね」と言ったのはおべっかでもなんでもなく本心だ。
でも本当にナナに彼女ができたら、もうこんな風に一緒に登校することもできなくなってしまうのだろうか?
ようは今までずっと近くにいたナナが手の届かないところに行ってしまうのがイヤだということなのか?
なんだ、その、いろいろこじらせた厄介勢アイドルオタクみたいな感情は?
俺は男だ。
そんな女々しい感情を抱いてどうするのだ?
男たる俺はもうナナに、愛しさや未練をつのらせてはいけないのだぞ。
ううむ……
それにしても……
ずっと側にいたのに、気づかなかった。
ナナが女の子のことが好きだったなんて……
そんな素振りはこれっぽっちも……
「サトシ! また赤信号!」
「うわーっと、危ない!!」
またまた思索の世界へトリップしてしまいそうだった俺を、現実世界へ戻してくれたのはナナの叫び声だった。
いや、このままでは思索の世界じゃなくて、天国への扉をノックしてしまうことになるぞ……本当に気をつけないと……
「ホントに大丈夫?」
そんな俺のことを、ナナが心配そうな表情でのぞき込む。
「だ、大丈夫、大丈夫。ちょっと考えごとしてただけだから」
俺はあわてて目をそらした。
でないと、ナナの顔の下にある、否が応にも目に入ってしまう、おっぱいに目が釘づけに……
いけないよ。
ひょっとして、いろんな男におっぱいをガン見されるのに嫌気して、そっちの方向に目覚めたのやも知れぬのに、俺がそういうゲスな男の一人になってしまって、どうするのだ……
「ご、ごめん。ナナ。俺、ここから自転車に乗ることにするわ。ごめんだけど、先に行く」
「え?」
ナナの返事を聞く前に、信号が青になったので、俺は自転車に乗って、横断歩道を渡った。
ゲスな男の一人にならないために、俺にできることは逃げだすことだけだった。
昨日に続いて、今日もナナから逃げ出すというのか、臆病者め……
そう思いこそしたが、もうペダルを漕ぐ足を止めることはできなかった。
やっぱり今日も、弱い心だ……
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