第3話「夢一夜(ゆめいちや)」
高校入学を翌日に控えた、ナナにふられ、路上ミュージシャンのかわいい女の子と出会い、ナナになかなか衝撃的な告白をされた日の夜、俺は……
こんな夢を見た。
「イケガワ、これ、イケガワ」
いずこからか、目覚めよと呼ぶ声あり。
しかし、俺は目覚めない。
目覚めてたまるか、昨日はいろいろあって、心が折れかけたのだ。
寝ている時ぐらい、誰にも邪魔されとうはない。
何より俺は……なんだか、とても眠いんだ……
「イケガワ、これ、イケガワ! 聞こえんのか!?」
目覚めよと呼ぶ声は大きくなれど、俺は無視を決め込み、目を閉じ続ける。
「ええい、起きろと言うておろうに、ペシンッ!」
「あ、痛っ!!」
夢の中だというのに、何かに叩かれて、おでこに痛みを感じた俺は、目を開けざるを得なかった。
「まったく、なんだっての……って、ええっ!?」
目を開けた俺の目の前にいたのは、
そのおじさんは頭には
どうやら、その笏でおでこを叩かれたらしい。
「やれやれ、やっと起きたか」
目の前のおじさんは、あきれたような表情で首を振る。
俺は戸惑う。
痛みを感じたということはつまり、これは夢ではないと申すか?
しかし、とても現実とも思えぬ。
おじさんの周りは真っ暗で何も見えないが、少なくとも、ここが自分の部屋であるとは到底思えない。
まあ、なんであろうと、俺には問わねばならぬことがある。
「あの、すいません。あなた、いったい誰なんです?」
俺が質問すると、束帯のおじさんは
「な、なんでしょうか?」
俺はおじさんの目線の圧力に負けて、思わず、再度質問をしてしまっていた。
「お主、わしが誰かわからぬと申すか?」
おじさんはやはり不思議そうな表情で、俺のことを見ていた。
「はい、わかりません」
俺は素直にそう述べるより他なかった。
「なんとまあ……これだから最近の若いもんは
そしたら、目の前のおじさんは、何かのスイッチが入ったかのように、グチグチ文句を言い始め、そっぽを向いてしまった。
「あの、おじさん?」
俺が呼びかけると、目の前のおじさんは、俺の方に向き直り、早口でまくし立て始めた。
「誰がおじさんか!? 目の前にいるわしを誰と心得る!? 恐れ多くも
しかし、俺は動かなかった。
恐らく顔も無表情だったことだろう。
そりゃあそうだろう。
目の前にいるおじさんは自分のことを「菅原道真」と言いつつも、言っていることは「
菅原道真が水戸黄門なんか知っているものか。
いくら夢の中とは申せ、詐欺師だか、ペテン師の言うことにいちいち付き合ってはいられない。
「ところが知っておるのじゃよ」
「何?」
目の前のおじさんは不敵な笑みを浮かべていた。
なるほど、やはりおじさんは夢の中の登場人物であり、そうであるがゆえに、俺のモノローグが読めるということか。
面白いじゃないか、論破のし
「何が面白いのか知らぬが、イケガワよ、わしはなんの神様じゃ? 言うてみい」
「学問の神様ですね」
謎のおじさんの質問に素直に答えるというのもシャクではあったが、暗くておじさん以外はなんにも見えない以上、素直に答えるより他なかった。
どこにも逃げ場がないのだ。
いや、あるのかも知れないが、見えない。
見えないから逃げられぬ……
「そう、わしは学問の神。ゆえに死んで、天神と呼ばれるようになってからも、ありとあらゆることを勉強し続けておる。だから水戸黄門のことも知っておるし、その水戸黄門をモデルにしたドラマに出てくる格さんのことも知っておるのじゃ。雅なことから、俗なことまで、神であるわしに知らぬことは何もないのじゃぞ、ホッホッホ……」
おじさんはわかりやすくドヤ顔で、高笑いしていた。
そんなおじさんを見て、俺は「バカバカしい」と思ってしまった。
普通、こういう時に出てくるのは、美しいけど、ちょっと抜けてる女神様なんじゃないのか?
そして、谷間丸見えの無自覚セクシーみたいなので、ドッキンバックン、ズッコンバッコンさせてくれるもんなんじゃないのか?
何が哀しゅうて、こんな
もう、この人が誰でもいいから、さっさと話を終わらせて、眠りの世界に戻ろうと思った。
「それで、
「セクシーな女神でなくて悪かったのう」
そうだった。
このおじさんはモノローグが読めるんだった。
「まあまあ、神様なんだから、そんな細かいこと気にしないでくださいましよ、オホホホホ」
俺は笑ってごまかすことにした。
「ハァ……まあよいわ。それよりお主。昨日はなかなか大変じゃったのう」
「大変? ナナにふられたことですか?」
「そうじゃ。想い人にふられ、しかもふられた理由がアレではいたたまれなかったであろう」
「はあ、そりゃあまあ……」
「せっかく、わしのお膝元である防府天満宮で告白したにも関わらず、このような結果になってしまったことを、わしは申し訳なく思っておる」
あれ?
このおじさん、本当に菅原道真なのか?
もし本当にそうだとして、菅原道真っていい人なのか?
たしか、
「そんなの、単なるうわさ話に決まっておろう」
あ、またモノローグを読まれてしまった。
「とにかく、わしはお主のことを
菅原道真、いや、天神さまはニヤリと微笑んだ。
「願いを叶えてくれるってことはつまり……異世界に連れて行ってくれるんですか!?」
俺は若者らしく、目をキラキラドキドキさせながら言ったが、
「あ、いや、それは無理。お主らが大好きな異世界は西洋の神の管轄じゃからのう。東洋の神であるわしには管轄外で、連れていくことはできぬのじゃ」
天神さまの返事はつれなかった。
「あ、じゃあ、俺を女の子にしてくれるとか? それでナナと付き合える的な? 『大好きな幼なじみの女の子がレズだったので、神様に頼んで女の子にしてもらいました』的な? よし、明日から俺は池川サトコだ!!」
「んなこと、できるか……」
やはり天神さまの返事はつれなかった。
そうか、俺はやっぱりリムスキー=コルサコフにはなれないし、インドの歌も歌えないのか……
「じゃあ何をしてくれるってんですか?」
「知れたこと。高校時代をお前のモテ期にしてやろう」
「は? モテ期?」
「なんじゃ? 嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいとか、嬉しくないとか以前に、俺、そんなこと願いましたっけ?」
俺の言葉を聞いた天神さまは首をかしげた。
おじさんが首をかしげたところで、まったくこれっぽっちもかわいくない。
「悪かったな、かわいくなくて」
ああ、いちいちモノローグにツッコまなくていいのに、めんどくさい。
こういうのはテンポが大事なんだから、テンポが……
「じゃあ話を本筋に戻すが、お主、昨日、告白する前に本殿で願ったであろう? 『高校に入学したら、モッテモテになりますように。たくさんの女の子をはべらせたハーレム学園生活を送りたいんジャー!』って」
「はあ!? そんなこと願ってねえよ!! 『もういい加減、彼女ができますように』とは願ったよ。『ハーレム学園生活』なんて、今までの人生で一度も使ったことない言葉だ!!」
とんでもない
まったく冗談じゃない。
人をどこぞのスケベニンゲンみたく言いやがって。
俺ほど女性をリスペクトしている男はいない。
ハーレムなんかいらない。
自分が好きになった女の子に、自分のことを好きになってもらえればそれだけで充分なのだ……
「あっ、そっか……あれはお主の次に来た男子の願いじゃったかのう……」
「いや、学問の神様に、何を願ってるんだよ、そいつ……」
あまりにも間抜けすぎる願いに、俺は思わずツッコミを入れずにはいられなかった。
自分の願いのことを棚に上げていることには気づいているが、ツッコまずにはいられない。
誰がそんな阿呆なことを願ったのかは知らねども……
「でもごめん、もうモテ期到来のハーレム学園生活がお主の願いってことになっちゃったから」
天神さまの口調はあまりにも軽薄だった。
「はああああああ!?」
「そんなわけで明日から嫌でもめちゃくちゃモテちゃうけど諦めて。キャピッ」
そう言って、天神さまは片足上げて、両手を
ああ、天神さまが女神様だったらさぞかしかわいかったことだろう。
願いの取り違えも、ただのおっちょこちょいってことで、笑って許せたかもね、天神さまが、ラノベとかによくいる、かわいい女神様だったらね。
でも、おっさんだ。
長い顎髭(あごひげ)のおっさんだ。
「別にいいじゃん。惚れられたうちの誰か一人と付き合えば、お主の願いであった、童貞卒業も叶うのじゃから」
「な……ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!!」
「ハッハッハッ、神の前で見栄を張らずともよいぞ、童貞よ」
「僕の前に道はない!」
俺がそう叫ぶと、二人の間に沈黙が流れた。
いけない、それは別の「どうてい」だった……
仕切り直して……
「ていうか、俺の願いはそれでもなくて……なんていうか、その……彼女が欲しいって……」
俺がうつむきながらそう言うと、天神さまは急に早口になった。
「ごめんて、毎日たくさんの人が……いや、平日はそんなたくさんの人でもないけど……とにかく、願い事していくものだから、誰が誰の願いとかいちいち記憶できんのんよ。なんにせよ、モテ期さえ来れば、彼女ができないなんてことはあり得んのんじゃから、それでよかろう。おっと、もう地球の夜明けが近い。じゃ、そういうことでー!!」
「あ、ちょっと!!」
天神さまを名乗るおじさんは、全速力で走り去っていった。
とても束帯を着ているとは思えぬスピードで。
着たことがないから想像でしかないが、束帯は相当重いはずである。
なのに、なんであんなスピードで走れるのか?
まったく……
意味がわからない……
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