やっぱり神様なんかより、君がいい

 事件発生から、三日後。


 気がつけば、わたしは病院のベッドで横になっていた。


「やっと目覚めたか」


 横を見ると、金髪の男子。菊池の嬉しそうな顔がある。横には、お父さんとお母さんの姿もあった。


 なんだかあの時のことが夢だったように思えた。もしかしたら、本当に夢だったのかもしれない。


「起きて最初に見る顔があなたなんて、最悪の気分」


「あ?」


「ちょっと、現! せっかく助けてくれた友達に、なんてこと!」


「いやまあ、無事を確認できたんでいいんスけど。じゃあ、用は済んだし邪魔みたいなんで、俺はこれで――」


「あ、待って!」


 声が大きくなって、思わず手で口を塞ぐ。菊池が足を止めて振り返る。


「あ? なんだ?」


「あの、ありがとね。わたしと、それから黄泉のことを助けてくれて……」


「あ、いや――」


「あなたが止めてなかったら、きっと本当に世界が終わってた。本当に霊界に行けるかも、いま考えると怪しかったし。だから、ありがとう」


「……すまん。あいつは、天音黄泉は、助けられなかった」


 苦々しい顔で、そそくさと病室を出る。扉が閉まる音を聞いて、両親の顔を見る。


 お母さんは苦々しく目をそらす。


「現の友達の黄泉って子、さいわい一命はとりとめたみたいだけど……」


 ちらと、言いよどんだままお父さんの方を見る。お父さんが息を呑んでから、こちらをまっすぐに見つめる。


「意識がまったく戻らないそうだ。原因は、まだ分かってないらしい」


 その言葉を、事実を、信じられなかった。


 だって、雷堂飛蝗が消えた後、黄泉の意識はちゃんと戻ったはずで――


『雷堂飛蝗はどうにかしたよ。そいつの魂に関しては、保証しないけど』


 ふと、あいつの言葉が蘇る。つまり、あの時の黄泉の魂は、かなり危ない状態だったのかもしれない。そして、あのことがあって、そのまま力尽きた。


 泣くには、あまり実感がなくて。その事実から逃避するように、病室内のブラウン管テレビの方に視線を移す。


 テレビはちょうど、ワイドショーをやっていた。お気楽なタレントが「都内で突然、人が砂と化すのを見た」という都市伝説についての調査を行っている。


「また、この類の都市伝説が出てきたのか。ようやく潰えたと思ったが……」


「でも、あんなもの見た後じゃ、あながち嘘だと言いきれなくなっちゃったわね」


「ばかいえ。あんなことがポコポコ起こってたまるか。今回は目で見た通りの事実だったが、この類のはノストラダムスに便乗して流れた嘘っぱちだよ。いっしょにしちゃいけない、不謹慎だ」


「だといいけど……」


 一瞬だけ歯ぎしりして、腹部の痛みが蘇ってすぐに力を抜く。そのままベッドに横になり目をつぶる。


 きっとその都市伝説も、真実だろう。雷堂飛蝗の霊体は黄泉の身体を捨てて、また違う人間に取り入って新しい実験を始めたのだ。彼女の気持ちと魂を散々踏みにじった上で。


 結局、わたしは彼女を喜ばせようとして、取り返しのつかないことをしてしまったのだ。途中でおかしいと思って止めていれば、まだマシな結末があったかもしれかったのに。


 頭痛はいまだに続いている。


 菊池はわたしのことを「鉄臭い」と言った。おそらくあれは、わたしの殺した生き物すべての臭いだったのだろう。他の誰にも感じられない、亡霊たちの臭い。


 窒息でもするかのように、息苦しさのまま眠りに落ちる。


 きっとこれが、彼女のために罪を重ねたわたしへの報いなのだと思った。だけど、なによりも重くのしかかるのは、彼女がもう戻らないかもしれないという事実だった。



 事件発生から、???日後。


 わたしはいつの間にか一糸まとわぬ姿で、赤黒くどろどろの空間に閉ざされていた。


 よく見ると床も壁も赤い肉でできている。その表面は生暖かく、いたるところから絶えず血のような液体を噴き出している。


 上からぽつりと、生暖かい水滴が頭に落ちてきた。手で拭うとそれも血で、そのまま天井を見上げる。


 その天井は、多種多様な生き物の生首で溢れていた。それぞれが大きく目を見開いて、わたしをまっすぐに見つめている。


 思わず腰が引けて、尻もちをつく。そのまま床へと視線を下ろすと、肉の床から同じように生き物の首から下半身が生えてきた。それぞれ酷い腐臭がして、方々からは炊いた白米のような幼虫がうじゃうじゃと湧いていた。

 わたしはこれを知っている。遺骸処理の時に黄泉に教えてもらった、蛆というハエの幼虫だ。


 おぞましさに、這ってその場から逃げ出した。這いながら四肢や身体についた蛆を払うが、すぐにまた新しい蛆が裸の身に付着する。


 わたしはこのまま、身体にこびりついた血や肉と一緒に貪り喰われてしまうんじゃないかと思った。あるいは、本当のわたしはいつの間にか死んでいて、この地獄で一生死なず、永遠の苦しみを与えられているのかもしれない。いつかの出来事を経た後では、それもあながち嘘とは言いきれなくなってしまった。


 蛆のない場所へと這い続けているうちに、あたり一面が死骸と蛆で溢れていることに気づいた。絶望して動きを止めているうちに、腕や脚から胴、首へと蛆の大群が這い上がる。


 身体中がかゆくてしかたなかった。だけどもう、身体は諦めることだけを考えているかのように、死骸と蛆の海へと沈み込んでいく。


 目を閉じかけた直前だった。その目に見えたものを疑った。同じく一糸まとわぬ姿の女の子が、少し遠くでうずくまるように座っていた。


 わたしはそれが誰かすぐに分かった。


「黄泉!」


 沈みかけていた気持ちが、いきなり跳ね上がったような気がした。強引に立ち上がって、がむしゃらに走り出す。


 蛆や遺骸の海を強く踏み越えて、その場所へ進んでいく。全身のかゆくてしゃらくさい蛆を乱暴に払って、彼女のもとにたどり着く。


 彼女の身体には一匹の蛆も這っていない。ゆっくりとこちらを見上げて、眼鏡のない泣きはらした目が晒される。


「現ちゃん――」


 わたしは衝動的に、彼女を強く抱きしめていた。黄泉はわたしに押し倒されて、肉の床に仰向けに投げ出される。


 彼女のその肉体にはかつてのような温かさがなく、全身水のようにひんやりとしていた。


「会いたかった……」


「……ごめん、なさい」


「いいよ。あなたさえいれば、なんだって許せるんだから」


 自然と涙が流れる。みっともないなと思いながら、流れるままに任せることにした。


 黄泉の身体が震えていた。彼女の大腿の内側からひどく冷たいと気づいて見ると、彼女の股の間からどくどくと血が流れ続けている。


「雷堂様、もういなくなっちゃった。私を置いて、消えちゃった」


「大丈夫だよ。わたしが、そばにいるから。もしかしたら、足りないかもしれないけど」


 いまにも消えそうな声を出す彼女を、ただ抱きしめる。


 わたしがそばにいたかった。そばにいさせてほしかった。今のわたしはきっと、彼女のいない世界で生きられないから。


「どうして……私、現ちゃんを刺しちゃったのに……」


「そんなの、親友だからだよ。吐いてでもあなたの計画に散々加担して、最後まで見届けたのは誰だと思ってんの」


「……そういえば、そうでした」


 くすっと、笑みが聞こえる。ありがとう、と耳元で囁かれる。


 ここがどこだか分からない。だけど、もし夢ならば覚めないでいてほしい。ただ、そう願っていた。

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神様なんかより、君がいい ~Cult Side~ 郁崎有空 @monotan_001

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