第12話 再会

「ルーク……」

 城門を開いて真っ先に出てきたのは父上だった。

 足取りがおぼつかなくボロボロで、左腕がなかった。


「父上……」

 互いに言葉が出ない。俺はアナスタシアに目配せを行った。

 なんか、様付けで呼ぶとぶんむくれ、呼び捨てにするとご機嫌になる。なんなんだろうか。


『慈悲なる方、創世の女神よ。汝が御子を癒したまえ……リザレクション!』

 アナスタシアの詠唱が終わるとまばゆい光が父上を包んだ。

 しばらくして光が収まると、そこにはすべての傷が癒された父上の姿があった。

「……ありがたく」

 膝をついてアナスタシアに感謝の意を示す姿にどよめきが起きる。聖女のうわさは色々伝わっていたが、部位欠損を治癒するのはすでに伝説級の魔法の使い手ということになる。

 アナスタシアの表情が変わった。普段の温和な笑みはどこかに消え、眦を決して問いかける。

「負傷者のもとに案内してくださいませ、お義父様」

「あ、ああ、こちらになる」

 騎士を呼びアナスタシアを案内させる。そして俺の方を向いた父上は無言でサムズアップしてきた。


 状況を聞くといろいろ最悪だった。魔物の小さな群れが現れ、開拓村を襲った。部隊を派遣し、撃退した時にはより大きな群れが村を包囲していた。

 その時点で父上自身が親衛を率いて出撃したが……魔王軍の騎士と一騎打ちで敗れたことで部隊が崩壊。野戦能力を完全に失ってしまった。

 そして、最後尾を守っていた弟が瀕死の状態になっていた。


「釣りだされたわけですね」

「ああ……不覚だ」

「少なくともただの魔物の群れであればその対応で問題なかったのです」

「慰めはいらぬ。多くの兵が斃れた。その責は負わねばならん」

 そこで執務室のドアがノックされた。


「申し上げます! アラン様が……回復されました!」

「なんだと!?」

 話を聞けばすでに死を待つのみの重傷だったのだが……アナスタシアの非常識な回復魔法の腕を知っていたのでそういう意味では心配していなかった。

「おお、おおおおおお、おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 父上がここまで弱さを晒すことはなかった。いま、目の前で膝をつき、涙を流している父上を見て若干複雑な心境になった。


「ああ、兄上。お久しぶりです」

 数か月ぶりにあった弟は、まさに偉丈夫と言ってよい姿を寝台に横たえ、豪傑といった笑みをたたえていた。っていうか、救護室の寝台から足がはみ出してるな。


「無茶をしたな。俺が家を出たらお前が嫡子だろうが」

「と言われまして……敵将はまさに化け物でした。俺と父上の二人がかりで敗れましたからな。あっはっはっは」

「まあ、でたらめな魔力をまとってたな」

「義姉上のおかげで一命を拾うことができました。ありがたいことです」

「うん、ちょっとまて。その義姉上ってのは誰のことだ?」

「え? 聖女様のことですが?」

「俺はアレを嫁にした覚えなんぞひとかけらもないんだがね?」

「えっ!?」

「えっ!?」

 この話はとりあえず棚上げしておこう。


「それで、兄上はどうやってあの化け物を退けたので?」

「ああ、首を飛ばした」

「はい?」

「まず縮地で間合いを詰めるだろ? で、そのまま寸勁で心臓をつぶした」

「はあ……」

「一応動きが止まってくれたけど、念のため首を斬り飛ばした。さすがにそれなら死ぬだろってな」

「えーっと……兄上、一応私と武術の腕は互角でしたよね?」

「あー、そうだな。武器を扱うスキルって意味じゃな」

 俺とアランの二人がかりでも父上にはあしらわれる。というか国内最強を決めれば五指に入るだろう。試合なら、な。

「まあ、あれだ。騎士の本分ってのは何だ?」

「弱きものを守ることです」

「合ってるが、それだけじゃない」

「といいますと?」

「勝つことだ」

 きょとんと首をかしげる。なんだかんだでこいつまだ15だからな。フルプレートまとってランスチャージを自分の足でやらかす身体能力の持ち主ではあるが。


「何が違うのです?」

「格好つけて勝てるならいい。だが今回のことでわかっただろ? 敵はそれに合わせてくれない」

「……はい」

「はっきりと言えば、今回敵を討ったのは奇襲だ。魔力を一気に放出させて、弱体化しているところに攻撃を加えた」

「……はい」

「俺を卑怯だというか?」

「あの強大な敵に立ち向かったというだけでそうは思えません」

「だがな、戦場に出たことのない王の腰ぎんちゃくどもは卑怯者とか騎士の誇りがーとかいうんだぜ」

「とりあえずカチこんでいいですか?」

「とりあえず魔王を討つまで待て。そうすれば大義はこちらにある」

「そうですね……というか兄上、どんだけ強いんですか? やっぱ勇者になったから?」

「んー、なんか恩寵とやらがもらえるそうだけどな。特に変わってないぞ?」

「ということは……え? まじで? どんだけ!?」

「そもそも、素手で攻撃するのは下賤とか、身体強化は卑怯とか、魔法も小技はいかんとか、意味わからねえ制約ばかりつけられたからなあ」

「ええ、普通剣と魔法とか一緒に使いませんし」

「そこだよ。使えば威力も上がるし、こんななまくらでも魔族斬れるんだぜ?」

「こんな重心狂いまくった剣とかよく振れましたね」

「そこはそれ。力任せってやつだな」


 兄弟の会話を呆然と聞いていた父上が声をかけてきた。

「まて、ルーク。お前は本気を出せば我でもかなわんというのか?」

「んー、真っ向からぶつかったら多少苦戦するかも、ですね」

 その言葉を聞いて、いきなり大笑いを始めた。

「ぶわははははははははは、ルークよ。貴様はこの領内に収まる器ではないと思っておったが、我をすでに超えておったか!」


 そうして先勝祝いの宴がなし崩しに始まった。なぜか明日、父上と立ち会うことになってしまった。

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