第13話 援軍

 翌日、こちらに向かっている軍勢があるとの知らせでたたき起こされる。といっても来ている方向からすると味方だ。


「メレンドルフ家の旌旗が上がっております!」

「味方だ!」

 城壁上で待機していた兵たちが歓呼の声を上げる。

 メレンドルフ伯爵家はクルツバッハと盟約を結んでいる家の一つで、マリオンの実家でもある。

「騎士が多いな……って500はいるぞ?」

「父上も張り込んだな。ほぼ総動員じゃないか」

「それほどまでに危機感を持っていただいたということだろう。ありがたいことだ」

「そりゃあ……まあ、な。うん、ルーク、いろいろ覚悟しておけ」

「え?」

 謎の言葉を残してマリオンは城壁の下に降りて行った。

「開門! メレンドルフの手勢を迎え入れるのだ!」

 マリオンの飛ばす命に、兵たちが即座に動いた。

 っていうか、マリオンが密偵だったらどうすんだ? まああり得ないけども。


 跳ね橋が下ろされ、城門が開いていく。聖水の祝福を受けた鎖帷子(ホーバーク)に身を包んだ親衛の騎士たちに守られ、メレンドルフ伯ギュンターが入城してきた。


 父上が城門すぐの広場で両手を広げて歓迎の意を示している。その姿を見たメレンドルフ伯は慌てて馬を降り、父上のそばで目を見開いていた。

「久しいな、ギュンター」

「ああ、そうだな。戦に間に合わなかった遅参を詫びよう……っていうか瀕死の重傷を負ってたんじゃなかったのか? 俺をたばかったか!?」

「いや、息子の嫁に救われたのだよ」

「なに? マリオンは騎士だが、あいつ回復魔法なんか覚えてたか?」

「いや、マリオン嬢ではなくてだな……」

「というか、ルークが帰ってきてるのか! 王都でマリオンをコテンパンにのしたって聞いたぞ!」

 コテンパンって、一撃しか加えてないぞ?

 隣に来ていたマリオンが俺の服の裾を引っ張る。そのしぐさにシーマのしっぽがぶわっと膨らんだ。

「フシャー!」

 とりあえず頭と猫耳を撫でて黙らせる。

 マリオンに促され、俺も前に出る。当然というか、アナスタシアが横にくっついてくる。

 シーマは俺の背後にぴったりとくっついていた。

「主君の背中を守るのがニャーのお役目ニャー」

 

 俺が前に出るとメレンドルフ伯は別の意味で目を見開いた。右腕にはマリオンが、左腕にはアナスタシアがぴったりとくっつき、それこそ背中にへばりつくようにシーマが控えている。

「ルーク、うちの娘だけじゃ飽き足らずほかに女を作るとはいい度胸だな」

 大爆笑しながら物騒なことを口走る。

「マリオン、しっかりやれよ。男が生まれたらうちの跡取りだからな」

「無論だ! 任せまくるがいい!」

 子供が生まれたら、あたりでマリオンの顔が真っ赤になっている。もはや何を口走ったかも自覚してないんじゃないか?


「ルークよ、思った以上にお前でたらめなんだな」

 メレンドルフ伯はうんうんと頷いていた。その目線の先にはぼろ雑巾のようになった父上が地面に倒れて痙攣している。

 アナスタシアが治癒魔法をかけるとすぐに起き上がった。

「あー、ルークよ。我引退するわ。後はお前に任せた」

 今まで見てきた厳めしい表情は何だったというくらいに、晴れ晴れとした表情で言い放った。

「クルツバッハを頼むぞ、息子よ」

「は!?」

「では留守居は俺が」

 アランが出てきて留守居の編成を決める。

「あれだ。追撃をかけるんだろう? 外縁部にまだ魔物がとどまっているからな」

「あ、ああ……」

「んじゃ俺も兵の一部を残して留守居に回るわ。っていうか、マリオンにはだいぶ前に追い抜かれてるしな。俺が行っても足手まといだろ。兵の指揮は任す」

「あ、ああ。わかった」

 なんかガハハ、とかワハハとか笑いあっている二人は昼間から酒杯をぶつけあっている。

 

「シーマ、偵察を頼む」

「わかったニャ。何人か借りていくニャ」

「気をつけろよ」

「あんな化け物と真っ向から戦う趣味はないニャ」

 俺が倒した魔族はおそらく副将とか副官なんだろう。同等以上の魔力を持った存在が魔の森の中にいる。

 奇襲をかけられるものか、そもそも魔物相手に人間相手の兵法がどこまで使えるのか、まるっきりわからない。

「出たとこ勝負は好きじゃないんだがなあ」

 

 シーマを見送る俺のつぶやきは誰にも聞かれることなく虚空に溶けて消えた。

 背後ではマリオンが怒号を飛ばしつつ兵を編成している。

「イエス! マム!」

 うちの兵まで普通にマリオンの命令を受け付けているあたり、いろいろ既成事実が積みあがっているようだった。

 要するに領主の妻に従うのだ、何も問題ない、ということなんだろう。

 俺の返答を待たずして、というか廃嫡問題どうなったんだよって感じで俺は辺境伯に祭り上げられてしまった。

 そんな俺のため息を、アナスタシアは慈母のような笑みをたたえて見守っていた。

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