第8話 謁見
「勇者ルーク様、お初にお目にかかります。王宮騎士ハンスと申します」
「ゆう……、ああ、こちらこそ初めまして、だ」
「陛下より勅命にございます。これより参内をお願いしたく」
「わかった、がこんな格好では失礼に当たらないか?」
「そこは問題ありません。謁見は明日となります。身支度につきましても王宮にて」
「承知した。行くのは俺一人か?」
「いえ、お仲間の皆さまもご一緒にお願いします」
仲間と言われて振り向いた。シーマはニマニマしながら髪を手櫛で整えている。尻尾の揺れ方から見て相当浮かれているようだ。
マリオンは鎧を身に着けていた。立派この上もない騎士の姿だ。
アナスタシア様はにっこりと微笑んでいる。そもそもこの人の差し金だからな。
そして、もう一人を見ると、ひらひらと手を振ってギルドの建物に戻っていくところだった。
「あたしはパスねー。勇者の冒険をギルドは全面的に支援します。ってことで」
「あ、ああ。よろしく頼む」
「んふー。このチコさんにお任せよ!」
ズビシッとサムズアップしてにっこりと微笑んだ。いつもの筋肉を見る濁った目とは大違いだった。
「……筋肉好きで何が悪いのよ」
セクハラは犯罪だろう?
冒険者ギルド前の街路から王宮に向かう一番大きな通りに出ると、王家の紋章を掲げたでっかい馬車があった。ハンスに伴われ馬車に乗り込む。石畳の凸凹を感じさせない滑らかな感触に驚く。
「……金ってあるとこにゃあるんだなあ」
「ですニャ―。まあ、クルツバッハの家は馬車にお金使うくらいなら兵の装備に回してましたからニャ」
「ああ、それは正しい。俺もそうするだろう」
「……ルーク様、旦那様からの伝言ですニャ」
シーマが胸元から書簡を取り出した。
『ルークよ。突然の我の言葉にお前はさぞ驚いただろう。最近魔の森が騒がしい。魔王復活のうわさも本当のようだ。故にお前を王都に逃がす。我は身命をなげうって国を守るが、その時にはお前には生きていてほしいのだ。
弟たちものちにお前のもとにやる。詳しくはシーマに話しておいた。
クルツバッハの家を頼む アウグスト』
思わず手紙を握りつぶした。
「シーマ、どうしたらいい?」
普段陽気なシーマが目を伏せていた。尻尾もだらーんとしている。
「状況は変わっておりますニャ。勇者の名前で陛下から援軍を引っ張り出すのがよいかと思いますニャ」
「ああ、そうだな」
「……ルークよ。うちの実家はクルツバッハ領に援軍を派遣するそうだ」
「マリオン?」
「実は私のところにも連絡が来ていてな。まあ、悪いようにはならんだろう」
「魔物が溢れそうになっているんだな?」
魔の森は魔物の領域だ。冒険者が入り込むことはあるがごく表層部でしかない。そして、中で増えた魔物が集団で出てくることがある。
そしてまれに大氾濫といって、万を超える魔物、魔獣が押し寄せてくることがあるのだ。
「クルツバッハは精鋭ぞろいだ。そうそうめったなことにはなるまいよ」
「普通の氾濫ならな。大氾濫だったらどうだ? 前回の大氾濫では王都の目の前で会戦が起きたんだったよな?」
「……そう、だな。やはり陛下に援軍を頼もう。我らはただの一般人ではあるが、勇者の認定を得られれば話は変わる」
「そこは間違いありませんわ。ご安心を、勇者様」
アナスタシアの笑みはどことなく人を安心させるものがあった。いろいろと考えを巡らせつつ、馬車は進み、静かに王宮の門をくぐった。
客室に通された、それは良い。なんで全員同じ部屋なんだろうか。とりあえず皆が着替えるというので俺は浴室に立てこもった。
背後ではキャッキャウフフとはしゃぐ声が聞こえる。
「にゅふ、にゅふふふふふふー」
「フシャー! 尻尾をつかむニャー!」
「ふっ、勝った」
「アナスタシア様。あれもいでくるニャ」
「そう、ですわね。けど大きさだけが決め手ではありませんわよ!」
「これでもか?」
「なっ!? 垂れてない……」
「ふふふふ、剣術鍛錬の成果だな!」
「シャー!」
「あっ、いつの間に後ろに回った!?」
「フシャー! こんなもんもいでやるニャ―!」
うん、カオスだった。
その夜、やはり疲れていたのか横になるとすぐに眠りに落ちた。そして、目覚めると……なぜか3人がベッドにもぐりこんできて行儀よく並んで寝ていた。
俺が目覚めたのに気付いたのかシーマが起き上がる。そして手際よくマリオンとアナスタシア様をぽいぽいっともともとのベッドに放り込む。
「ぶわっ!」「はわっ!?」
さすがに放り投げられた衝撃で二人とも目が覚めたようだ。
「おはよう」
普通に声をかけたが、マリオンからは「ヘタレ」となぜかさげすんだ目でにらまれた。
用意された礼服に着替える。
儀仗兵に案内され、やたらごっつい扉の前に来た。以前、父に従って謁見の間に入ったことはあったが、その時は通用口だ。
儀仗兵が合図すると、重厚な音を立てて扉が開いていく。そして同時に王宮の楽団による勇壮な音曲が流れ出した。
いくらするのか見当もつかない深紅に染め浮かれた絨毯の上を歩く。両脇にはきらびやかな兵装に、槍を構えた儀仗兵が一糸乱れぬ姿で整列している。
しばらく進むと一段高い場所に玉座が置かれ、国王がひじ掛けに頬杖をついて座っていた。
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