第6話 逆転

「降参しろ。剣なしで私に対抗できるのか?」

「んー、まあ、分が悪いな」

「だろう? 大丈夫だ。お前は私が養ってやる。くく、くくくくく……」

 あいにくだが俺はまだ誰かに養われないといけないほど耄碌していない。


「さあ、盛り上がってまいりました! 勇者ルークは絶体絶命! ここから逆転の道はあるのか?」

 チコさんがメガホンで観客を煽っている。

「はいはーい、掛札の書き換えはこちらニャー。オッズはルーク様が9.4倍、マリオンが1.4倍ニャ。もう少しで締め切りますニャー」

 シーマが賭けを煽っている。ってか俺どんだけ大穴なんだよ。


「勇者様、わたしの勇者様。あなたは負けない、なぜなら神様がそう告げているからです」

 根拠が薄弱すぎる。神頼みで勝てたら苦労しねえ……。


「うふ、うふふふふふふふ。お前に勝ったら、私はお前を私のものにする。うふふふふふフフフ……」

 うん、ここにもなんかトリップしている奴がいる。どうしてくれようか……?


「賭けは締め切るニャ―! ルーク様、やっちゃっていいニャよー!」

 シーマがまるで俺があえて相手を倒していないようなセリフを言う。それによって観客がどよめいた。


 マリオンの表情が引き締まる。まだ勝負が決まっていないことを思い出したのか。


「行くぞ!」

 「く」のあたりで既にカタナが振り切られていた。実に思い切りのよい攻撃だ。

「ってか当たったら死ぬだろ。今の一撃」

「……???」

 不思議そうな顔してんじゃねえ。

「ちょ、おま!?」

「いや、この程度でルークが死ぬ? ないない」

 この会話のさなかでも俺はマリオンの剣戟を必死で避けている。右手に持った剣は根元で断ち切られ、手のひらほどの幅しか刀身が残っていない。

 それでも得物には違いないので、攻撃を弾くのには使える。

 そう、まだ使い道のある武器に固執しているように見えるのだ。


 横薙ぎの一閃をバックしテップでかわし、姿勢を低くして飛んできた斬撃を避ける。

「光弾よ、敵を撃て!」

 俺の左手に魔力が集まり、光の弾丸となって発射された。

「ふん、子供だましだな」

 振るわれたカタナは俺の放った魔力弾を余さず叩き落す。

 マリオンの足が止まった。俺は好機とみて踏み込む。

「猪口才な!」

 すかさず迎撃態勢を整えるマリオン。俺は追加の呪文を紡ぐ。

「氷雪よ、集いてわが刃となれ!」

 断ち切られた剣の柄を触媒に、氷の剣を召喚する。

 跳躍し、落下する勢いを込めて大上段から叩きつける。

「おおおおああああああああああああああああああ!」

「ぬあああああああああああああああああああああ!」

 激突する氷の剣とカタナ。込められた魔力と気がせめぎあう。

「ハッ!」

 マリオンは再び気を込め、刀を振り切った。

 氷の剣は砕け、四散する。

 俺は小さく呪を紡ぎ、風を操る。

 砕けた氷が光を反射し、刹那の間マリオンの視界を奪う。再び踏み込む。

「なっ!?」

 俺の接近を知り、カタナの間合いを取るために飛びのこうとして気づいた。軸足が凍り付いて地面に縫い付けられていることを。


「もらった!」

 俺は踏み込んで左掌をマリオンの腹に当て、地面を思い切り踏み抜いた。

 ズダン! と腹に響くような低音。踏み込みの反動を体で伝え、関節ごとに加速させる。その力をさらに体をねじって矯め、肩をひねってそのまま肘、手と伝えた。

 インパクトの瞬間、手を揺らす。振動は波となって人体を揺さぶる。


 周囲から見れば俺は踏み込んでマリオンに触れただけに見えるだろう。

 だが、寸打で浸透勁を叩き込まれたマリオンは……。

 口から乙女が吐いてはいけないものを噴出させ、そのまま沈んだ。


「おーーーーーっと、あれこそが勇者の技なのか! ただぽすんと手のひらを触れただけなのに、剣術姫マリオンが倒れた!」

「あー、ルーク様、容赦ないニャー」

「解説のシーマさん。あれは?」

「うにゅ、チコさん。あれは東方の武術で言う寸勁ってやつニャ」

「それはどういったものなのですか?」

「うにゅー。ルーク様が踏み込んで、懐に飛び込んだ。この時点で詰んでたにゃ。マリオンにはあの間合いで有効な攻撃を繰り出すすべがないニャ」

「なるほど、たしかに!」

「ルーク様は徒手格闘術を修めてますからにゃー。水月の急所に浸透勁で打撃を叩き込まれたのにゃ。あれしばらく固形物食えないニャ」

「うげえ、容赦ないっすねー、鬼畜勇者ルークと呼んであげましょう」

 誰が鬼畜だ!

 とりあえず吐しゃ物に沈むマリオンを抱き上げ、医務室に運ぶのだった。

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