第5話 覚醒

 大上段からの抜き打ちを横っ飛びで避ける。そのまま大剣の間合いのやや外で向き合った。


「ふむ、そういうことか」

 マリオンの口元が弧を描く。笑ってるつもりなのか……?

「全天候型フィールド、だな」

「ふん、戦場に出ればこういった場所で戦うこともあるだろう。小細工は無駄だぞ?」

「俺に言うなよ。チコさんが選んだんだ」

「くっ……私以外の女を親しげに呼ぶとは……うぬぬ」

「いや、別になんかあるわけじゃないぞ? むしろ絡みつかれて困ってるんだ」

「絡み!? ふふふふふふふ、女の敵め。私が天誅を下してくれる」

 凄絶な笑みを浮かべ、再び大剣が薙ぎ払われる。俺も剣を抜き、切り結ぶ。

 まともに受け止めればこっちの剣ごと真っ二つだ。俺は細心の注意を払って剣戟を受け流し、躱し、相手の呼吸の合間を縫って攻撃を繰り出す。

 攻撃の主体は、もっとも隙が少ないと思う突きだ。攻撃のモーションが最も短い。

「ふっ!」

 カカカカカカカアン! 一呼吸の間に振り下ろし、逆袈裟、薙ぎ払いが繰り出され、その合間に三たび突きを繰り出す。

 お互いの攻防は全くの互角で、勝負の天秤はどちらに傾くか全くわからなかった。


「「「うおおおおおおおおお!!」」」

 歓声が聞こえる。周囲は見物人で鈴なりになっていた。ギルド併設の酒場のウェイトレスが忙し気に走り回り、酒や飲み物、つまみの注文を取っている。


「はいはーい、今売り出し中の新進気鋭の冒険者、勇者ルークと剣姫マリオンの一騎打ちの見物はこちら!」

「一枚500ルピーニャー、入場札に名前を書いて、どっちが勝つかかけることもできるにゃ」

「もちろんわたくしの勇者様の勝ちですわ!(フンス」

 

 おもわずマリオンを見ると、あまりにカオスな状況にポカーンとしていた。

「おい、マリオン。掛札はどっちに入れる?」

「ふん、言うまでもない。私に入れるに決まっているだろうが!」

「んじゃ俺は俺に入れようか。シーマ!」

「はいニャー。ルーク様はルーク様に……何口掛けるにゃ?」

「有り金だ」

「はーい、承知しましたニャー」

「ふふん、いい度胸だ。安心しろ、お前は私が養ってやる」

 別に挑発したつもりはないが、マリオンの表情が消えていた。あれはブチ切れた状態だ。


「まあ、あれだ。剣術の真っ向勝負だったら分が悪い。っていうか勝ち目はまずない。100回やって1回勝てるか、だな」

「ほう? それ以外の手があれば勝てるような物言いだな」

「ああ、そう言ってるんだ……よ!」

 俺は足元の小石を蹴り上げた。マリオンは反射的に剣を使って弾く。

「ふん、こんな小細工で何ができる!」

 こんなことができるんだよ。

 無防備に立っている俺に向けてマリオンは袈裟懸けに斬りつけてくる。踏み込んだ足が唐突に滑った。

「ふんぎゃあ!?」

 猫が尻尾を踏まれたような声を上げ、それでも振り上げた剣を振って反動で態勢を整える。

「っち、さすがにこれで決めるのは虫が良すぎたか」

「ぬう! 卑怯者!」

「小細工のなにがいけない? 騎士の誉れは弱きものを守ることだろう」

「だからと言って卑怯な!」

「それは負け犬の遠吠えだ。民を守るべき騎士が倒れたあと、弱き者たちは蹂躙される。お前は誇りの意味をはき違えている!」

「くっ!」


「ねえ、シーマちゃん。ルークきゅんのあのセリフ、ガチ?」

「んー、ルーク様は良くも悪くも現実主義者なのニャ。あれ、あの乳牛を揺さぶってるだけだと思うニャ」

「んー、なんというか、もいでしまいたいわねー」

「ですにゃー」


 外野の無責任な言葉に胸をえぐられつつ、動揺しているマリオンに向けて攻撃を仕掛けた。

 っていうか相変わらずメンタル弱いな。まあ、これも戦いだ。悪く思うなよ……。

「って、ぬわーーーーーー!?」

 構えをすり抜けるようにして一撃を入れ……るはずだった。

 今まで剣を合わせても、これほどまでに一方的に吹っ飛ばされることはなかった。武器の威力を除けば力はかなり拮抗していたのだ。


「って……それは!?」

「ああ、やっと抜くことができた。そうか、私は弱かったのだ」

 これまでのようなむき出しの感情ではなく、深く心を静めた表情だ。

 そしてマリオンの大剣は、刀身が抜け落ちていて、柄には片刃の曲刀があった。ってか、あれは「カタナ」じゃないか?


「私に足りなかったものは覚悟だ。守るべきものを守るため、時に汚濁にもまみれよう。ふふ、なんだろうな。この晴れやかな気分は」


 こっちは晴れやかどころじゃない。マリオンから放射される気当たりが今までとは比べ物にならない。

 

「ふっ!」

 

 軽く振るったカタナの軌跡がそのまま飛んでくる。


「うお!?」

「はああああああああ!!」


 縦横に飛んでくる斬撃をバックステップして躱す。ゾクッと首筋に感じた悪寒に従ってさらに飛ぶと、マリオンが踏み込んできてカタナを水平に振るっていた。


「はは、はははははははははは! 体が軽い! ふふ、今ならば魔王すら我が刀の錆にできそうだ! うなれ! コテツ!」


 再び至近距離で切り結ぶ。まともに受ければこっちの剣は間違いなく切り飛ばされる。カタナの切っ先を横から叩くようにして軌道をそらす。

「くく、秘宝級(アーティファクト)の武器を相手によくしのぐ。だが、これで終わりだ!」

 連撃はすべて伏線。俺の姿勢を徐々に誘導し、この一撃を叩き込むためだった。真っ向から唐竹割の斬撃を横にスライドして避ける。その直後小さく振るわれたカタナから飛んできた斬撃は……俺の剣を斬り飛ばした。

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