四の五

 聞きなれた声音とは違う晴明の声に、いつもとはあきらかに違う雰囲気に、あぐりたちはたじろいだ。

「カ、カシン……」

 あぐりのつぶやきに、紫と小町が振り向いた。

「楯岡晴明は」

 カシンが深みのある低音の声で喋る。

「よくやってくれた。大量のアルマを収集し、私の霊体を再構築し、魂の核を藤林清花から取り戻してくれた。だが、彼の誤算は、彼自身に私が憑依することは想定していなかったことだ」

 あぐりたちは、ただ、彼の言葉に聞き入っていた。

「だが、彼の望みはかなえよう。彼が治療できなかった病を、私が、あらゆる手段を講じて撲滅してみせよう。それで彼も本望だろう」

「バカ言わないで」あぐりが、精一杯振り絞ったように声をだした。「晴明さんを利用しておいて、平然とよく言えたものね」

「私は彼を救ったのだ。彼は、己の医者としての力量に絶望していた。不治の病におかされた恋人を救えなかった自分のふがいなさに、落胆していた。その彼の耳もとでささやけばよかった。私なら、その病を克服できる、と」

「悪辣な」小町がつぶやいた。

 紫は怒りで言葉もでないようすだった。

「私が、藤林あぐり、君に敗北する以前の話だ。万が一のことを考慮して手を打っておいて正解だったわけだ」

「お前っ!」あぐりは、怒気を言葉に乗せてストレートに発したのだった。「人の人生をめちゃくちゃにして、なにが楽しいの!」

「私は人の人生を壊すつもりなど毛頭ない。ただ、救済しただけだ」

 カシンは、あぐりの怒りをまったく相手にしないように、おだやかに言い返すのだった。

「さて、君たちに提案がある」

 とつぜんカシンは話を転換した。

「私の仲間にならないか?」

「なんだとっ」紫がふざけるなと言わんばかりに叫ぶ。

「博愛、勇気、知性。君たち三人は実にバランスのいいチームだ。私とともにきて、私の力になってくれるとうれしい」

「誰がっ」小町が嫌悪をあらわして言った。「あんたみたいな、卑劣な悪魔に魂を売りはしないわ」

 あぐりと紫も、同意してうなずく。

「それは残念。私のもとにくれば、君たちの亡くなった親たちも、生き返らせてあげたものを」

「ごめんこうむるっ!」きっぱりと紫が否定した。「たとえ生き返っても、誰も喜ばないだろうぜ。お前みたいなクソに生き返らせてもらったんじゃあな」

 カシンは苦笑して答える。

「私は、人の命を操る力がある。人知を超越した私を、ちょっとは尊敬してもらいたいものだ」

「人の命をもてあそぶなっ!」

 あぐりが叫んだ。

「もてあそびはしない。私はただ、人類を導きたいだけだ。革新へと」

「あんたのような冷酷な生き物に導かれた未来に、明るさや温かさがあるとは思えないわ」小町が否定した。

「四百年生きているだけの、クソ野郎がっ」紫がただ罵倒した。

「私たちはお前を倒すっ。人の尊厳を踏みにじり、みんなの人生を壊し、自分の野望のために他人を利用するような悪魔を、私たちは倒してみせる!」あぐりが思いを噴出させる。

「いいだろう。かかってくるといい。容赦はしない」

「私たちは絶対に負けないっ!」

 あぐりの叫びを合図にして、紫が飛び出した。

 十数メートルの距離を一足飛びに詰め寄り、パンチを放った。

 だがカシンは、それをあっさりと受け流した。

 直後、あぐりのアルマ弾が数発、カシンに向けて放たれた。

 カシンは左手一本を振って、すべての弾をはじきとばす。

 その隙を逃さず、回り込んでいた小町が、背後から奇襲をかけるのに、カシンは振り向きもせず彼女の足をつかみ、弧を描いて地面へとたたきつけた。

 小町は受け身をとって、すぐに態勢を立て直す。

 三人に囲まれる形になったカシンだったが、だが、腕を組み、あきらかな余裕をその瞳に浮かべ、にやりと笑うのだった。

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