四の四
通路は床も天井も両側の壁も、コンクリートの打ちっぱなしで、天井には等間隔で配された、小さな電球がわずかな光を落としていた。
薄暗くって、風も通らないようで全体がじめっとしているし、いやがうえにも館にたちこめた陰湿さを増長させていくのだった。
ふたりならんで通れるほどの幅の通路を、紫、あぐり、小町の順番で進んでいく。
ほんの五メートルほどで階段があって、その階段は、一階を過ぎ地面を過ぎ、さらに深くくだっていき、地下数メートルほどまで続いていたのだった。
階段をおりきると、さらに十メートルほどの通路、そのどん詰まりの壁にあるのは、厳重そうな冷たい気配の鉄の扉。
無機質な壁。
陰気な光。
まとわりつく湿気。
これからおとずれる三人の運命と、待ち受ける人間と、皆の心理と、すべてを形象したような、暗鬱な情調。
両開きの扉の前に立つ三人。
ゆっくりノブを回して恐る恐る開ける……、ようなことは紫はしない。
「おらっ!」
気合とともに、扉を蹴やぶったっ!
完全に予測していたあぐりと小町は、もう叫ばない。
二枚同時に倒れた両開きの扉と、うすく舞い上がったほこりの向こうには――。
「まったく、我が妹ながら、あきれるな」
二十メートル四方の空間のむこうに、楯岡晴明がたって、こちらに顔を向けて苦く笑っていた。
それよりも、三人は息をのんだ。
広間の反対側には、壁と同等の大きさをもつ巨大なカプセルのような容器があり、その中には紫がかった黒い靄が立ち込めていて、その中心には、わずかに人とわかる形状をした、人のようななにか、がただようように浮かんでいたのだった。
そしてその前、晴明のそばには、二メートルほどの大きさのシリンダー状の容器には――、
「お母さんっ!」
あぐりはなにも考えず、ただ走った。
「おい、待てっ」
「あぐりちゃん、ダメっ」
紫と小町は静止しようとするが、聞く耳を持たない。いや、まったくあぐりには聞こえていなかっただろう。
晴明はなぜか、まったくあぐりを妨害する気配はなかった。
しかし、壁面の巨大なカプセルからは、紫色の雷のような電流が発せられていた。
幾十、幾百、幾千という数の電光がスパークする。
その光が、あぐりの母のはいったカプセルにまとわりつき、じょじょに包み込もうとしていた。
「お母さん、お母さんっ」
あぐりは、シリンダーのガラスをたたいた。だが、それは、まったく割れることもなく、たたき続ける音だけが、むなしく広間に響くのだった。
紫と小町が、息をすることも忘れて、その光景を見つめた。
晴明は、流し目で、冷ややかにに見つめる。
「お母さん、お母さんっ」
母に届いているかもわからなかったが、あぐりは、必死にガラスをたたき、呼びかけつづけた。
すると、眠ったようにシリンダーの中で浮いていた母、清花の霊体が、ゆっくりと目を開いた。
あぐりは、その顔を、その瞳を、じっと見つめた。
清花も見つめ返した。
そして、その口が、かすかに動いた。
なにか、子供にやさしく語りかけるように、やわらかに動くのだった。
だが、あぐりにその声は届かない。
ただ、大きくなったね、とつぶやいて優しくほほえみかけてくれているように感じただけだった。
「お母さん、お母さん……」
あぐりは、すがりつくようにして、まるで母を抱きしめるように、冷たいガラスに頬を寄せる。
「残念だが、もう時間だ」
晴明が、どこか憐憫をふくませ、しかし無感情に言った。
そして、自らの成果を誇示するかのごとく、その両腕を広げ、空間に轟きわたるほどの大声を放った。
「さあ、瞠目しろ。カシンの復活だっ!」
その叫びに呼応したように、何千の電流が強烈な輝きに変じ、清花を包み込んだ。
晴明は哄笑する。
「この、クソ野郎っ!」
瞬間にぶちぎれた紫が、ブルーインパルスを晴明に目掛けて、全力で投げつけた。
彼は、それをよけようともしない。
アルマの光弾がその体を直撃する。
それとともに、轟音と大爆発が空間を包んだ。
それは、紫のアルマ弾が引き起こしたかにみえたが、はたして……。
爆風であぐりは、紫と小町の足元まで飛ばされて転がった。ふたりはしかし、爆発の熱気から身を守るので精一杯で、あぐりを助けることもできなかった。
轟音はやがて壁をきしませるような地響きになり、立ち込めていた暗黒の霊気は煙霧となり、その中にゆっくりと立ち上がる、ひとりの男のシルエットをうかびあがらせた。
そして、薄らいだ煙のなかから現れた男、――楯岡晴明が、ゆっくりと三人に向けて顔を向けたのだった。
不思議と安らぎを覚えるような瞳が、三人をみつめる。
静かに、その口唇が開く。
「こんにちは、少女たち」
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