一の十二

 カシンが、あぐりの後背に、瞬間移動でもしたかと思うほどのスピードで移動した。

「!?」

 あぐりが、体をよじる暇もない、カシンはあぐりの足を払って転ばせ、その上に、片足をのせて押さえこんだ。ただ足で踏まれているだけなのに、あぐりは、まったく立ち上がることができない。

「あぐりちゃん!」

 飛びかかるアオイを、カシンが軽く腕をふって払い飛ばす。

「アオイさん!」

 飛ばされて倒れたアオイ、前足をあげてなにかやろうとしている。たぶん、グーサインを出しているつもりだろう、なんだか健気だ……。

「おい、お前たち」

 カシンが、パチリと気取ったように指を鳴らし、紫を取り囲んで、呆けたようにつったっている不良三人組に声をかけた。

「さぁ、その娘を好きにするがいい」

「な、なにを!?」

 あぐりの叫びは、カシンが足に体重をかけて、押しつぶされてしまった。

「お前たち、その娘が憎いのだろう?さあ、その恨みをはらす時だっ」

 不良たちは、カシンの声に反応し、急速に正気を取り戻したかに見えた。が、違った。今度は、顔貌がケモノのような形相ぎょうそうに変化し始めたのだ。口は耳まで裂けるかと思われるほど広がり、目は常軌を逸した鋭さで引きつり、赤く光った。

 体の動きも人間のそれではなかった。なにかの猛獣、いや、悪魔がとりついたのではないか、と思われる挙動だった。

 不良たちは、いっせいに紫に飛びかかると、セーラー服をひきはがしにかかる。

「やめてっ、なにするのっ!」

 あぐりの声がとどいたのか、それとも、不良たちに襲われた衝撃からか、紫が目をさまし、

「な、なんだ、てめぇら!」

 すぐさま、抵抗をしはじめた。もちまえの反射神経のなせるワザか、紫は、目覚めた直後にすさまじい抵抗をはじめた。

 だが、腕を縛られているうえに、すでに、男子三人に押さえこまれている状態だった。

「くそっ、はなせ、はなせっ!」

 声だけで抵抗をこころみているが、状況は、もはやどうしようもない。

「やめてっ!やめさせてっ!」

 あぐりの必死の懇願に、カシンは、冷笑で答えた。

「フフフ、さあ、絶望しろ」

「どうして?ユカちゃんは関係ないっ」

 ――そう、杉谷君たちだって、不良たちだって、関係ない。わたしが目的なら、わたしだけを、狙えばいい。なのに、なぜ、みんなを巻きこむの!?

 カシンは、体をあぐりに覆いかぶせるようにして、言った。

「苦痛にもだえろ。慟哭どうこくの叫びをあげろ」

 さらにカシンは、口を、あぐりの耳に寄せ、ささやくように言った。

「悲嘆に満ちたアルマは、美味いのだ」

 ――そんなことのために、みんなを傷つけるの?どうしてそんな、ひどいやりかたをするの?どうして……、なぜ……?

 友達やクラスメイトを助けたい。これ以上、だれも傷つけたくない。同時に、このカシンという化物を許したくない、という激しい怒りも湧いてくる。だが、自分にはみんなを守る力がない。敵を倒す力がない。そのもどかしさと絶望感にあぐりの心は折れそうになってきた。

 そしてカシンは、こらえきれなくなったように、笑いだした。

「フフフフフ、ハハハハハハッ!」

 あぐりの片耳はカシンの哄笑こうしょうに満たされ、その反対の耳には、紫の悲痛な叫び声が聞こえた。

「ちくしょうっ、やめろ、ちくしょうっ!ちくしょうっ!」

 その紫の叫びに同調するように、あぐりが叫んだ。

「うわぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」

 そのとき――。

 あぐりの叫びに答えて、左腕のブレスレットがひかり、あぐりの全身をつつんだ。カシンは光にはじかれるように、ふっとばされた。

 それを見たアオイ、必死に立ちあがり、

「今よっ!叫ぶのよっ!」

 光に支えられるように起き上がったあぐりは、アオイの声にうながされるように、左腕を上空につきあげ、力のかぎり叫んだ!

「アルマイヤー!トランスポーテーション!!!!!」

 あぐりの全身から発せられる光が強さを増し、あぐりの体が、まわりからまったくみえなくなるほど、ひかり輝いた。

 その場にいるもの、皆がその光をみていた。あるものは驚愕し、あるものは呆然と、あるものは希望をもって、その光をみていた。

 そして静寂が、あたりを支配した。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 数瞬後――。

 輝きのなかから、三つの光弾が発射され、紫を襲う不良たちを貫いた。

「ガッ、クワーーーーーッ!」

 三人が同時にあげた悲鳴とともに、不良たちは、呪縛から解き放たれ、ふだんの様相にもどっていった。

「まさか、命をうばわずに浄化したのか!?」

 カシンが驚きの声を発した。

 不良たちは、呆然とした紫のまわりに、バタバタと倒れる。

 紫は、今の状況が飲みこめているのか、どうか。いつもの気丈な彼女とは違い、おびえたように周りをキョロキョロと見まわし、やがて、その目は、光が収束し、姿を現し始めたあぐりに向けられた。

 あぐりのその姿は――。

 体は、白色で、ピンクのラインがはいった水着のようなぴっちりとしたボディースーツに包まれていた。腕は指さきから二の腕まで、脚はつまさきから太ももまで、これも白いタイツのようなものでおおわれている。ひたいには鉢金はちがねのようなヘッドギア、そして、首には、床までとどきそうな、長いピンクのマフラーが巻かれている。そのうっすらと向こう側がすけてみえるマフラーの先端が、風もないのにゆらゆらとゆれていた。

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