一の十三

 あぐりは、紫のほうを見て、思った。

 ――よし、ユカちゃんは大丈夫。

 そして、カシンに体を向け、言った。

「お前は、わたしがぶっとばす」

 カシンは、笑みを浮かべていた。余裕にみえる。だが、あぐりが変身したことに対する動揺をさとられないように、とりつくろっているようにもみえる。

「フフフフフ」

 笑って、ちょっと身構えたとみえたカシンが、あぐりに向かって、とびかかってきた。

 カシンがはなつパンチを、あぐりはかわすと同時に、カシンを蹴りとばした。

 蹴りはアゴにヒットし、カシンはクルリと回転して、着地したが、蹴られた勢いでそのまま十数メートル滑っていった。

 ――いける。いけるわ、大丈夫。

 まるで、お母さんといっしょに戦っているみたいだ、とあぐりは思った。

 それにしても……、

 ――なんなの、この格好はっ!?腕や足は、露出度低めなのは、まだいいわ。でも、なにこのおなかのところはっ!

 そう、このアルマスーツは、一見すると、ワンピース水着に見えなくもないが、胸元からおヘソのあたりにかけて、まったく隠されていないのだ。これならいっそのこと、ビキニ水着のほうが恥ずかしくないくらいの恥ずかしいデザインだ。

 ちなみに、あぐりは気づいていないが、背中もほとんど丸見えなのである。肝心な部分はしっかり隠れてはいるものの、隠れていればいい、というものでもないだろう。

 ――しかも、まったく着ている感覚がないわ。

 そう、このアルマスーツは、アルマ、という霊的エネルギーで形成された戦闘服なのである。身体能力の引き上げと、衝撃吸が主な機能。通気性バツグン、汗の吸収性バツグン、というより、すべてがつつぬけな状態だ。なにかを着ている感覚などまるでなく、裸でつっ立っているような気がするのも、無理はない。

 ――恥ずかしい、これは、恥ずかしいわ……。

 宿敵を目の前に、恥ずかしいなどと言っている場合ではないのであるが、そこは、恥じらいのみで構成されたお年頃の女の子、ピンチより羞恥しゅうちである。格好をつけて敵と対峙していても、内心、消え入りたい気持ちでいっぱいだ。

 だが、しのごの言っていられない。

 あぐりは、ひとつ深呼吸をして、まわりを確かめた。

 体勢を立てなおした父源次郎が、紫のもとへ走り、助けおこしていた。ちなみに、面頬とカツラは、すでにはずしている。マスターなんとかの設定はどこへいった、お父さん。

 そして、立ち上がった紫が、不良たちにキックの嵐をおみまいしはじめたのを、源次郎ははがいじめにして、必死にとめている。

 あぐりは、自分の近くで気を失っている、多喜と大原を順番に、軽くつまみあげるようにして、みんなの近くに放り投げた。

 二十メートル近くは離れている場所へ、ひょい、ひょい、と男子生徒を放り投げられるなんて、自身のバカ力にあきれる思いのあぐりだった。

 源次郎が巨漢の大原を、紫が多喜を、うまいぐあいに受けとって、床に寝かせた。


「さて」

 と、これも紫たちのところに走ってきたアオイが言う。

「ふたりの戦いにまきこまれないように、結界をはるわ」

 アオイがぶつぶつと、呪文のようなものを唱えると、アオイを中心にして魔法陣のようなものが浮かびあがり、ついで光を放ちはじめた。

「おっ!?おおっ!?犬がしゃべった!?」

 うはは、すげえ、しゃべる犬だ、と歓喜の声をあげながら、紫がアオイを乱暴に愛撫しはじめた。

「う、うわ、やめて、ダメ、くすぐったいっ。結界が、結界がっ」

 紫、パッと手をはなし、

「うん、いかんいかん、こんなことしている場合じゃなかったな」

 と、あぐりに目をむけ、

「おやっさん、あぐりの、アレ……」

 と源次郎にたずねた。

「うむ、あれは、アルマスーツ。アルマと呼ばれるエネルギーで作られた戦闘服で、装着者の能力を、何倍にも高めてくれる」

「おお、すげえな。――あたしのはないの?」

「あるよ」

「おお、あたし、青がいいっ」

「そうか、でも、赤も黄色も緑もあるぞ」

「いや、青がいい。正義の青っ」

「そうかそうか、たのもしいのう。あぐりとふたりで、悪と戦い、正義を守るのだ」

「おおーっ」

「ちょっと、ふたりとも、今そんなこと話している場合じゃなくってよ」

 とアオイがたしなめるのに、

「そうじゃった」

 源次郎が照れたように、頭をかく。

「しかし、あのスーツのデザインはなんじゃ?清花のは、もっと全身をおおっておったぞ」

 源次郎の問いに、アオイが答える。

「たぶん、あの、城戸博士きど はかせの助手のなんとかいう若いののしわざよ、きっと」

「ああ、おったおった、たしか、望月だったか。あいつめ、ひとの娘に、あんな恥ずかしい恰好をさせるとは、けしからん」

「見た目は、まぁ、とりあえずおいといて……、あぐりちゃん、武術のほうは、大丈夫?」

「いや」

 と源次郎は首をふり、

「まったくダメだ。それでも小学生のころまでは、いやいやながらも、忍術も少林拳も習っておったけど、中学生になると、もう、ろくに修行をせんようになってしもうた」

「あぐりちゃん、反抗期まっただなかね」

「しかも、オヤジは臭いだの、洗濯物は別に洗えだの、脱いだ服はすぐに片付けろだの、音をたててものを食べるなだの、うるさいこと、うるさいこと。まったく、親をバカにしとるんじゃ」

「いや、それは今はいいから」

「でも」

 と紫が話にくわわった。

「ああみえて、けっこうなヒステリーだからな、あぐりは。キレたら、わかんないぜ、この勝負」

「家じゃ、ずっとヒステリー」源次郎がつぶやく。

「内弁慶なのね、あぐりちゃん……」

 と、アオイは、もう、源次郎たちの能天気さに、あきれてくる思いだった。

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