四の二

 目覚めた女子高生は、勾坂こうさか凪子なぎこと名乗った。

 春原市の北部を流れる大河杜姫川ときがわ沿いにあるお嬢様学校、サン・セサル女学院高校の三年生であった。

 あぐりたちは、源次郎を呼び、車で彼女を家まで運んできたのだった。

 ソファーに眠っていた凪子は、やがて目覚め、そして、当然とまどった。

 源次郎の入れた紅茶を飲み、少し気持ちが和らいだのであろう、彼女は、

「なにから話せばいいのか……」

 とまどいながらも、頭を整理しながら、ゆっくりと話し出したのだった。

 凪子は、髪を首元で束ねただけの、地味な雰囲気の女性だったが、顔立ちも整っていて、均整のとれたボディーラインと、いかにも教養のある落ち着いた喋り方をして、あぐりたちは、その一言一言に、じっと耳を澄ますのだった。紫も常になく神妙な顔で聞いていたし、小町も口をはさまず黙って聞いていた。

「私が、清花さんと出会ったのは、五月の夕方でした」

 と彼女は懐かしそうに目を細めて話した。

「ちょっと家庭で嫌なことがあって、街をあてどなくぶらついているうちに、いつのまにか、知らない場所にいて」

 さて、どうしようかと思い悩んでいる時、清花の霊体が目の前にあらわれた。

「あ、幽霊だ、って思いました。でも、怖くなんかなかった。その姿はとっても美しくって、幽霊なのに明るい雰囲気でしたし」

 と言って、彼女はその時の清花の姿を思い出したように、ちょっと笑った。

「清花さんは優しく微笑んで言ったんです。私にあなたの体を貸して、って。いきなり」

「もう、お母さん……」

 あぐりが恥ずかしそうに、苦笑した。

「でもね、私、はい、って答えました。反射的にというよりも、なにか、この人は信じられる、すべてを任せてもいい、そんな気がしたんです」

「妻が、迷惑をかけたね」

 源次郎が、心底申し訳なさそうにあやまるのへ、

「いえ、とんでもないです。助けられたのは、私だったんです。生きる意味を見失って、自暴自棄になりかけていた私に、清花さんは生きる元気をあたえてくれたんです」

 そうして、その後、凪子と清花は、ずっと一緒にすごした。清花は、基本的には凪子の中に眠っている状態だったが、あぐりたちのピンチを察すると目覚め、反対に凪子の魂が眠りにつくような形で、ナイトマイヤーとして活動していたのだった。

「でも、時々、ふいに話しかけたりするんです。私が、むしゃくしゃしてる時とか、落ち込んでいる時とか、ずっとささえてくれました」

「教えてください」

 あぐりが前にのめるようにして聞いた。

「お母さんのこと、あなたと話したこと、いろいろ教えてください」

 凪子は優しく微笑んだ。

 まるでお母さんの笑顔のようだ、とあぐりはちょっと心が癒されるようだった。


 源次郎に車に送られて凪子は帰り、藤林家のリビングは、また静寂につつまれていた。

「あんたたち、どれだけ黙っていても、状況はなにも変わらないわよ」

 アオイが、三人を叱咤するように言った。

「でも、なにをどうすればいいのか」

 あぐりは困惑をそのまま口にだしたのだった。

「クソ兄貴をみつけて、ボコって終了じゃねえか」

 紫が腕をならすようにして言った。

「あんた、ほんとに馬鹿ね」小町がさげすむように言う。「その晴明さんが、どこにいるのかわからないのが、問題なんでしょう」

 ちょっとは頭を使って喋りなさいよ、と余計なひとことを付け加えるのに、紫がかみつきそうな形相でにらんで、

「喧嘩しても、なにも変わらないわ」

 アオイがあきれるように、たしなめるのだった。

「お前のほうが、何か知ってるんじゃないのか。こないだまでクソ兄貴とつるんでいたんだしよ」

「それが、私も晴明さんの隠れ家を突き止めようとして、後をつけたことがあったの。アルマイヤーに変身して。でも、ダメだった。うまく巻かれてしまったわ」

 溜息とともに、また沈黙が皆を支配した。

 あぐりは焦りを感じていた。はやくしないと、もう二度とお母さんに会えなくなってしまう。はやく居所をみつけて、晴明をとめなくては。

「晴明さんは、どこにお母さんを閉じ込めているのかしら」

 あぐりの問いに、

「だからそれがわからないから、考えてるんじゃねえか」

 紫が突っ込むのを受け流すようにして、あぐりは話をつづけた。

「お母さんだけじゃないわ。晴明さんは、カシンのアルマも集めていると言っていた。そんなの、マンションの一室で、ってわけにもいかないわよね」

「大きなスペース」小町が受けて言った。

「そんなのどこにでもあるじゃねえか」紫が鼻白むようすで言う。

「資金は?いくら医者でお金があっても、限度があるでしょう。あんたの家、けっこうな土地持ちなんでしょ。どこかに放ってある土地とか建物とかないの?」小町が勢い込むように言うのへ、

「そういわれてもな。じいちゃんもだいぶん売り払って、もうほとんど……」

 と言って、紫は電球が光るように、目を輝かせた。

「あったっ!じいちゃんがどうしても売れねえっていつもぼやいてた、玖惹池くじゃくいけの別荘!」

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