第四章 煌めく命
四の一
それは、あまりにも突然だった。
ナイトマイヤーが押し倒され、押さえつけた楯岡晴明が、彼女の体から何かをひきずりだしていた。
それは、半透明の、一糸まとわぬ女性のようだった――。
地ならしの済んだ工事現場の、だだっ広い空き地だった。
カシンの瘴気にとりつかれ、見境なく暴れていたクラスメイト本田に、あぐりたち三人が戦いを挑んだ。
だが、音羽小町の復讐劇に利用される形になった本田の怒りは凄まじかった。
すべての攻撃をはじきとばす負のオーラをあやつる本田に、あぐりたちはなすすべを失っていた。
そこへ、彼女があらわれた。
楯岡紫がナイトマイヤーと名付けた、マスクで顔を覆った黒いアルマイヤーは、いつもどおり、ピンチにおちいったあぐりたちを助けにきてくれたのだった。そして、いつもどおりに、敵を、――本田を撃退した。
そうして、皆が、ほっと気を抜いた瞬間。
いつの間にかナイトマイヤーの後ろに、楯岡晴明がいた。
彼は、ナイトマイヤーに何かしらの緊縛術をかけ、身動きできないようにし、彼女を地面に押し倒した。
そして、ナイトマイヤーの背中に、躊躇なく拳を打ち込んだ。
彼女の背中をつらぬいたと見えたその拳は、力を込めてひきあげられ、その手は、半透明の女性の後ろ首をつかんでいた。
「なんなの、あれは……」
あぐりは驚愕した。
紫も、小町も、固唾を飲んでみつめている。
まるで霊魂が抜き取られるように分離していくナイトマイヤー。
生身の、おそらく本体の女性は、じょじょに変身が解けていき、ワインレッドのスカートの制服を着た女子高生に変じていった。
だが、あぐりは、彼女をみていなかった。
晴明の腕につかまれた、霊魂のような女性に、完全に目を奪われていたのだった。
「あ、あれは」
あぐりは、錯乱したような声で叫んだ。
そのただならぬ声に、両脇のふたりが振り向いた。
と、足元にいた子犬のアオイが、
「落ち着いて、あぐりちゃん。あれは、違うわ!」
そんな抑制などまったく効力を発揮せず、あぐりはさらに錯乱を強めていった。
「いや、いやっ」
「どうしたっ!?」
「あぐりちゃん!?」
紫と小町も、友人を心配し声をかけた。
「なぜなの……」
そのあぐりの悲壮な声音に、ふたりの友人も驚愕するのだった。
「お母さんっ!」
紫と小町が、同時に驚愕し、同時にふりむいた。
その視線の先には、女性の、――藤林清花の霊魂を完全に引き抜いた晴明が、ほこらしげに天空に供物を捧げるように彼女を差し上げた。口の端が裂けるほどの会心の笑みを浮かべて。
やがて、その口から、哄笑が発せられる。
あぐりは、まだ錯乱から立ち直れず、立ち直れないまま、叫んだ。
「お母さんっ、お母さんっ!」
「カシンはっ!」楯岡晴明は、あぐりの叫びを無視するように、話すのだった。「すでに復活してもいいほどの、充分な量のアルマを回収した。お前たちからいただいたアルマ結晶を収集装置とし、大量のアルマを回収した。その霊体が形をなすほど、充分にだ」
あぐりも、紫も小町も、アオイでさえも彼の言葉の意味がつかめず、次の言葉を待つのだった。
「にもかかわらず、カシンは復活しない。なぜか。体はあるのに、まるで抜け殻。心のない人形のようだった。そう、魂が抜けていたのだ。では、その魂は、どこへ行ったのか」
晴明は、清花を、自分の体にひきよせた。
「カシンが消えると同時に現れた、黒いアルマイヤー。城戸博士の開発したブレスレットのなかにも黒いものは存在しない。しかも、どことなく負のアルマをまとった謎の女」
晴明の笑みが、さらに悪辣にゆがんだ。まるで、自分の言動が、精神をさらに興奮させているようだった。
「藤林清花は、十三年前、カシンと相打ちとなった。だが、カシンは、清花の魂をとりこむことで、消滅をまぬがれた。そして先日、藤林あぐりに敗北したことによりその力は弱まり、とりこまれていた清花の魂が力を復活させた」
晴明は、清花の霊魂を、絶対に逃がさないとでも言うように、さらに強く抱きしめた。
「清花は、カシンの核を抑え込み、そうして自分の霊魂を維持させるために、この女子高生の体に憑依していたのだ。つまり、清花のこの霊魂のなかに、カシンは眠っているのだ!」
「じゃあ、てめえっ」兄に対し、憎しみをみなぎらせて紫が叫ぶ。
「その、あぐりのお母さんをどうするつもりだ、答えろ!」
「簡単な話だ。消滅させる」
晴明の言葉は、まるで温かみのない、氷のような冷酷さで、広場に響いた。
「この、クソ野郎っ!」
瞬間に逆上した紫が、アルマ弾を投げつけた。
晴明は、空いていた左手で、それを、蠅でも追うように払い飛ばした。
「では、カシンの復活を楽しみに」
言って晴明は、ふっと霧散するように姿を消したのだった。
皆は、彼の消えた虚無の空間をただ見つめた。ただ、見つめるしかなかった。
だが、あぐりは、今までそこにいた母の姿を、虚空の中に見出そうとしていたのだった。
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