弐拾弐

 

「あぁ——外って気持ちいい、それで? これからどうする? しどー」


 気持ちよさそうに伸びをして、縞模様の尾を揺らしながら獅童を振り返ったフィナ。彼女だけでなく、少女達は皆、自由を手にした開放感に浸っている様子であった。


「ご主人様にプランなんかあるわけないじゃない? バカなのかしら?」

「うるさいわねっ、知ってるけど一応聞いてみたの!!」

「なら、余計にバカだわ」


 獅童へと問いかけたフィナに対して辛辣なツッコミを入れるのは、短い紫の髪に滑らかな黒い羽を背中にもつ少女、ロゼだ。そして、いつも通り火花を散らしながらキャイキャイと喧嘩を始める。


 そんな少女達の様子にほっこりと頬を緩めながらも、ある意味で信頼の全くない評価に肩を落とす獅童。


「確かに、ノープランなのは間違いない……ただ、あのまま留まる選択肢は無かったからな、しかし、この世界が俺たちにとってアウェイであることに変わりはない、そこでだ」


 獅童と爪牙人そうがびとである少女達は、囚われていたエルサール王国を強行突破で脱出し自由の身となったが、世界中に広がっている爪牙人への迫害。そして現エルサール王国の王、ドリュファストの掲げた“絶対人間主義法”がある限り、城の外だからと言って決して安全な訳ではない。


「俺は、レヴィアの魔法が万能であることを願ってやまなかったりする」


「ふふ、ほんまにしどうはんは、かわえぇなぁ? 要するに、ウチらが爪牙やてバレずに動き回れたらええんどっしゃろ?」


 青と白、腰から生えた二本の特徴的な尾を揺らす海色の瞳の少女は、はんなりと微笑み獅童の思いを汲み取った。


「できるのか!? さすがレヴィア」


「お安い御用どす、その代わり後でちゃんとご褒美な?」


 頬を赤めながら微笑む少女の姿に鼓動の高鳴りを覚える。だが、同時にご褒美の内容を想像すると、何故か冷や汗が背中を伝う獅童であった。


「獅童様? では、わたくしたちは今からどこへ向かいますの?」


 隣に並び声をかけてきた少女は、上品な顔立ちにカールのかかった栗毛その頭からは湾曲した小ぶりな角を生やしていた。カミラは、獅童の顔を藍色の瞳でまじまじと見つめながら返答を待っている。


「そうだな、おまえ達にとって気分のいい場所ではないだろうが、今後の方針を固めるためにも……あそこへ行ってみようと思う」


 その手が指差す方角、エルサール城の眼下に栄える城下町。この国の中心である町並みがそこには広がっていた。 

 獅童達は現在、エルサール城を後にし、そこが小高い山の上であったことから追手を警戒して、木々に身を潜め獣道を下っている最中であった。


「あーし、いやじゃないよ? お店でお腹いっぱいご飯食べたい!! お腹すいたぁ」


 真っ白な長い髪に透き通るような肌の少女は、立派すぎる膨らみを揺らしながら強引に二人の間へ割り込んできた。丸みのある獣の耳をぴこぴこと動かし、金色の瞳をキラキラさせながら口元からよだれを垂らしたかと思えば、空腹であった事を思い出し、しょんぼりと肩を落とす。


「ルーシーさんは、もっとレディーとしてのたしなみを持つべきですわ? でも——そうですわね、わたくしも自由にお買い物を楽しみたいですわ!」


 だらしのないルーシーにため息をつくカミラ。しかし、ふつふつと湧き上がってきた欲求に鼻息を荒くして目を輝かせる。


「そうだな、少しは息抜きも必要か。よし、無事に町まで出られたらパーッとやるか!!」


「いいじゃん、いいじゃんっ!! あたしもパーッと遊びたい!」

「えぇどすなぁ、うちはゆっくりお湯に浸かりたいわぁ」


 少女達の置かれていた境遇を思い返した獅童は、彼女達の心を少しでも癒せるならと提案した。そこへフィナ、レヴィアも乗っかり獅童と少女達の気持ちは一気に高まる。しかし、そこへ鷲のような翼を背中に生やした少女、ブロンドの短髪に中性的で整った容姿のレティシアは、切れ長の瞳を細めると不意に浮かんだ疑問をこぼす。


「獅童どの、私も皆の意見には賛成なのですが……その、パーッとやる為のお金は一体どこに——」


 一瞬にして全員の空気がひび割れる音がした。


「あ、あ、あるわよね? しどー? ご飯食べられるよね?!」


「————」


 獅童は、静かに視線をそらして無言で景色を眺めることにした。


「無駄よ、ご主人様に甲斐性なんてないわっ、それよりも、ご主人様を売った方がロゼは早いと思うの」


 肩を落とすフィナを諭すようにロゼは告げ、獅童へちらりと視線を向ける。


「ちょっと待て、さすがに売るはないだろ! 誰が買うんだよ」


「そうかしら? “その血”は結構な価値が生まれると思うのだけれど? 搾りたてをご提供すれば……」


「やめてあげてっ——」


 笑みを深めるロゼに青ざめて悲鳴を上げる獅童。先ほどまでの高揚感が少女達から一瞬で消え去りどんよりとした空気が立ち込める。

 そこで、何かに気がついた獅童は、ポンと手を叩き前方を指差していった。


「よし、あの人にお金をもらおう」


 一瞬、何をいっているのかと疑問符を浮かべた少女達であったが、獅童の指差す方向を見てなぜか納得する。


「剣崎殿……あなたとは分かり合えると思っておりましたが、誠に残念です」


 そこには魔導師のダロスが杖を構え真剣な面持ちで立ちはだかっていた。


「まあ、そう言うなって。あんたの話は、確かに的を得ていたが決定的に相容れない事が一つだけある」


「と、申しますと」


 ダロスは眉尻をぴくりとあげて、警戒をとかないまま獅童の答えを待った。


「気にくわねぇ——妥協の上で与えられる仮初の自由なんかで俺はこいつらを納得させたくないんでね。最終的にあの国王を討つことに変わりはないが、好きにさせてもらう」


「……それはつまり、エルサール王国にあなたお一人で戦争を仕掛けると?」


 僅かな沈黙の後で、啖呵を切った獅童へ静かに問いかけたダロス。だが、それに応えたのは獅童と並び立つようにダロスを見据えるフィナであった。


「一人じゃないわよ、あたしたち全員に決まってるでしょ?」


 フィナは自信満々に鼻息を荒げて、堂々たる態度で言ってのけた。その様子に、軽く息をはいたダロスは真剣な眼差しで応える。


「なるほど、確かに先ほどの戦いには私も驚ろかされました——いいでしょう、ならば私のやることは一つです」


 ダロスは深く息を吸い込むと、覚悟を決めたように獅童を見据えた。


「この先に、荷車を一台用意しております。中には役立ちそうな武具や当面の資金も準備しています」


「——あんた、いいやつなのか!?」


 獅童達の行動を予測して完璧に準備を整えていたダロス。その予想外の行動に獅童は驚き目を見開いた。


「剣崎殿、私は自らの野望のため、あなたを利用するつもりでした。しかし、見ず知らずのあなた方を巻き込むことを恥じてもおりました……ですから、せめて私にできる事はさせていただこうと今ここに至ります」


 その心中にはかりごとがあったことを素直に話し、ダロスは深々と頭を下げた


「そうか、俺としては気にして無かったが正直助かる。ありがたく使わせてもらう」

「ですが——」


 獅童は、頬を描きながらどこか居心地の悪そうな表情で、しかし、これ幸いとダロスの好意に甘んじようと感謝を述べようとした。だが、そこを遮るようにダロスは顔をあげて油断のない瞳で獅童を見据え言い放った。


「エルサール王国に戦争を仕掛けるのであれば話は別。私にも立場がございます……故にあなた方の覚悟、この場で摘ませていただきます」

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