第4話 馬鹿な男は思い知らされる
男なんて簡単なもので、女性から良いリアクションを少しでも引き出せたらすぐその人を気に入ってしまうものだ。
言葉、態度。いくらでも演技が可能なその行為を自分本位で解釈してしまう。
斯く言う僕もその第一人者であるのだが。
前回の出会いから2週間ほど、僕はその充実した時間を思い出しながら幸せな日々を過ごしていた。あの時の態度はどういう意味なんだろうか、あの時の言葉は何を伝えたかったんだろうか。あの反応は、あの笑顔は。
自分でも驚くほど鮮明に残る彼女と過ごしたその瞬間たちを、僕は反芻しながら独り答えのない問答を繰り返していた。
自分は理屈っぽい、面白くない性格だと思う。
元々はあけっぴろげで何も考えず行動する性格だったが、他人に迷惑をかけたり痛い目にあったこともあって、時間をかけて矯正した。
仕事では重宝することもある性格だが、こと恋愛に関していえばまったく邪魔なものであると思う。一つ一つの相手の行動が気になって気になって仕方ないのだ。
自分の中での結論が出るのに3日かかった。
彼女に嫌われてはいないだろう、いや多分気に入られていてもおかしくないのでは。
今回の結論はずいぶんとおおざっぱで、また自分にかなり都合の良いものになっていた。
やはり僕はこの時点で、相当彼女にいかれていたんだと思う。
部品精度を示す言葉にイレブンナインと言われるものがある。
0.99999999999。「1」を完全品とした場合、0コンマの後に9が11個付く相当な精度というものだ。
これを基準にすると、当時の僕には馬鹿の下に馬鹿が20個くらい並んだことだろう。
今までは女性に縁がなかったが、実は隠れた才能でもあったのか。
前回あれだけうまくいったのであれば、もしかしたらこの界隈では自分は勝者になれるかもしれない。
そう思ってしまった僕は次の獲物を探す狩人になった気分になり、掲示板で女性を吟味し始めていた。
思い返せば噴飯ものであるが、その時の僕は真剣にそう考えていた。
恋愛と言う、僕からすれば激しい嵐のような感情と感情のぶつかり合い。
そんなものに感けられる時間もなければ、捧げられる情熱もすでにない。
自分にとっては、多少融通の利くもので賄えればそれにこしたことはない。
それが大人の遊びってもんだよね。
調子に乗った僕は、掲示板の会話を追い続けた。
この子は擦れた話ばっかりだ、この子はさっぱりしすぎてやしないか。
せっかく遊ぶならやっぱり性格が良い子がいいよね。
日頃の疲れを癒してくれそうな、優しそうな女性はどこだ。
風俗のお店でかわいい子にサービスしてもらうという選択肢もあったが、不思議とその気にはならなかった。
素人感なのか、それとも顔の見えないやり取りにワクワク感を求めていたのかそれは自分でもわからない。
でもその時僕の心は、なぜか確実にワリキリだけを求めていた。
何人かと直接会話をしてみるもののこれと言った感触はなく、その度にタイミングあったらよろしくねと答えて次に向かう。
相手も実にさらっとした対応で、なるほど流石専用掲示板だなと変な感動を受けてもいた。
プロフィールと条件と金額と。データを頭で整理しつつストックしていく。
利用していたのがちょっと特殊な掲示板だったこともある。
女性が少なめな代わりに、確実にこの界隈の事情前提で会話がスタートできるため、余計なことに時間と労力を取られたくない僕にとって、この掲示板は格好の遊び場所になった。
そんな最中、情報を漁っていた僕の目に彼女の発言が飛び込んできた。
可愛そうに、どうやら出先で足を痛めたらしい。
「ご飯でもご馳走しようか。」
前回の出会いで勝手な優越感に浸っていた僕は、軽い気持ちで会話を始めた。
「歩くのはだめだけどエッチならしてもいいかな。」
トンカチで頭をぶん殴られる感覚というのはこういうことなんだろう。
彼女にほのかな恋心を抱いていた僕は、その繊細な感情をぶん殴られた気になった。
そうか、やっぱりこの界隈こういうことなのか。
しっかりとした自分の対価を前提とした発言は、実はかなり節度を持った謙虚なものであると後で学習する僕ではあったが、この時は完全に頭に血が上って冷静さを失っていた。
だったら希望通りにしてやろうじゃないか。
どす黒い感情に支配された僕は彼女との会話を進め、その日に会う約束を取り付けたのだった。
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