ドアの先は、ピンクだった。

 白磁の女性たちが所せましと並び、先程まで見ていた似たり寄ったりの服装に身を包み、ただそこで美しく立っている。

 白い鏡台には楕円形の鏡がはめ込まれ、丸い電球が柔らかい青白に光りながらそれを囲んでいる。

 壁の桃色よりも薄い、桜色の絨毯は毛が長い。

 毛の間から散らかった化粧品が顔を覗かせ、目を凝らすとそれは部屋中に寝そべっていた。

 中央にはクリーム色のカウチソファが鎮座し、女性が背を向けて寝そべっている。

 そしてこの部屋にも、ホログラムは点滅していた。

「あれ、お客さん? いらっしゃい」

 エレベーターの音に気付いた「女王」は、すぐに一人と一匹を迎えた。

 生身の人間に会うのは、この街では初めてだ。

「……こんにちは」

「おねーさん、こんにちは!」

「うわ、このワンちゃん喋んの? 卍じゃん!」

「イヌじゃなーい!」

 パルトールの反論をよそに「女王」は徐にホログラムを展開し、パルトールに向けた。カシャン。乾いた音が響く。

「きゃう?」

 パルトールが首をかしげている間に、女王はホログラムに指を滑らせる。

 新しいおもちゃを見つけた子供のように、楽しそうな面持ちだ。

「犬盛るとか初めてなんだけどさ。でもアンタ目ぇおっきいし、いいなー。盛りがいあるし、喋るとか絶対バズるよ。動画もいい?」

「そんなに? でもおねーさんおっぱいおっきいねぇ」

「こらパルトール」

「やだセクハラじゃん! でもアルかわだし、ありよりのありかな」

「アル……?」

 喋りながら、ホログラムに向かう女王。

 謎の言葉を発しながら何かしらの作業を行っているが、リアンにはまるで伝わらない。

 外国語以上に理解に苦しむ、例えるなら宇宙から異星人が到来し、それに突然話かけられるような感覚。

「アルティメットかわいい。やだ、知らないとか大丈夫? 生きてる?」

 ピンと画面の端に触れたと思うと、女王のホログラムは消え、入れ替わるように壁にパルトールの画像が浮かんだ。

 いささか本人(本犬だろうか)と違うように見えることについて、リアンは触れないことにした。

「で、お客さんなあに? なんか用?」

 女王は改めて、リアンに向き直った。

 裾にかけて透けていく素材でできたピンクのパーカは、惜しげもなくその下の黒いキャミソールをさらけ出している。

 そのパーカもへそと首、肩を覆わず、最早上着と呼ぶのもはばかられる。

 抜群のスタイルは黒いキャミソールで尚のこと強調され、優美且つ豊満な曲線美を描く。

 パルトールがここへ来て初めて声を上げたのも、無理のない話だ。

 下半身は黒く幅のないスカートなのだが、これもずり落ちないのが不思議なほど、腰が見える。

 ダメージのある素材なのか裾がほつれている。

 スカートの黒がなぞるヒップラインは滑らかな流線形を描き、むき出しになった太もも、きゅっと締まった細い足首へ続いた。

 芥子色の髪は、部屋と服に合わせているのか毛先が桃色に染められており、胸元に影を落とす。

 程よく血色のある顔には、目、鼻、口のパーツが理想的に整っている。

 彼女が瞬きをするたびに蝶が舞い、言葉を紡ぐたびに、赤く透ける宝石がその輝きを誇った。

「おねーさんにお届け物!」

「あたしに? なんか頼んだっけ」

 女王は怪訝そうに眉を顰める。表情を崩したところで、彼女が醜くなる様子は微塵もない。

 怒った顔もかわいいよと言われたい、などとぼやく似た風貌の同僚の姿がリアンの脳裏をよぎった。

 しかしそんなことはどうでもいい。

 託されたものを届けなければ、自分の来た意味がないのだ。

「貴方宛ての《想い》、届けに参りました」

 ようやく切り出した本題。

 リアンは鞄から、手紙の形となった《想い》を取り出し、差し出した。

「……マジでいんだ。アンタが、配達人?」

「はい」

「おねーさん、知ってるの?」

「なんか都市伝説? 聞いたことがあって。なんだっけ、告りたい人に手紙書いて預けると、秒で届けてくれるピンクい人がいるとかなんとか」

 女王は胸にかかる髪を指に絡ませながら、手紙を受け取った。

「だからどんな人かと思ったんだけどさ、結構地味なんだ」

「そりゃ別人だもん。その人はのうりょー」

「同僚」

「それ!」

 パルトールの言い間違いもどこ吹く風とばかりに、女王は手紙の差出人を見た。

「……うっそ」

 静かに目を見開くと、もたつきながらも慌てて封を切り、中に目を通し始める。

「ねえねえリアン。そういえば、差出人誰だっけ」

「覚えてないの」

「だって見てないし」

 あっけらかんと答えるパルトール。

 このやり取りは何度目だろう、とリアンはため息をついた。

 仕事のメインは自分とはいえ、彼の能天気さにはほとほと呆れつつある。

 とはいえ、その能天気さに救われているのも確かだ。自分だけでなく、受取人も。

「…………なに、よ。それ」

 いつの間にか、女王はぐしゃりと紙を握りつぶしていた。

「おねーさん、どーしたの? 泣かないで?」

「泣いてないし。……でも、わかんない」

 崩れ落ちる彼女に、パルトールは顔や体を摺り寄せた。

 尻尾の透明な宝石は、涙の形に変わっている。

「ねーねー、リアン。おねーさん泣いちゃったよ。なんかボクも悲しいなー?」

 パルトールの大きな瞳が、じっとリアンを見つめる。

「こんなにきれーでおっぱいおっきいんだよ? まさかリアンともあろう男が、女性を見捨てないよね?」

「俺そこまで薄情だったかな」

「うん、はくりきこだよ」

「全然合ってない」

 リアンはしゃがみこむと、女王の瞳を覗き込んだ。

「……俺たちでよければ、話聞きますよ」

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