②
ドアの先は、ピンクだった。
白磁の女性たちが所せましと並び、先程まで見ていた似たり寄ったりの服装に身を包み、ただそこで美しく立っている。
白い鏡台には楕円形の鏡がはめ込まれ、丸い電球が柔らかい青白に光りながらそれを囲んでいる。
壁の桃色よりも薄い、桜色の絨毯は毛が長い。
毛の間から散らかった化粧品が顔を覗かせ、目を凝らすとそれは部屋中に寝そべっていた。
中央にはクリーム色のカウチソファが鎮座し、女性が背を向けて寝そべっている。
そしてこの部屋にも、ホログラムは点滅していた。
「あれ、お客さん? いらっしゃい」
エレベーターの音に気付いた「女王」は、すぐに一人と一匹を迎えた。
生身の人間に会うのは、この街では初めてだ。
「……こんにちは」
「おねーさん、こんにちは!」
「うわ、このワンちゃん喋んの? 卍じゃん!」
「イヌじゃなーい!」
パルトールの反論をよそに「女王」は徐にホログラムを展開し、パルトールに向けた。カシャン。乾いた音が響く。
「きゃう?」
パルトールが首をかしげている間に、女王はホログラムに指を滑らせる。
新しいおもちゃを見つけた子供のように、楽しそうな面持ちだ。
「犬盛るとか初めてなんだけどさ。でもアンタ目ぇおっきいし、いいなー。盛りがいあるし、喋るとか絶対バズるよ。動画もいい?」
「そんなに? でもおねーさんおっぱいおっきいねぇ」
「こらパルトール」
「やだセクハラじゃん! でもアルかわだし、ありよりのありかな」
「アル……?」
喋りながら、ホログラムに向かう女王。
謎の言葉を発しながら何かしらの作業を行っているが、リアンにはまるで伝わらない。
外国語以上に理解に苦しむ、例えるなら宇宙から異星人が到来し、それに突然話かけられるような感覚。
「アルティメットかわいい。やだ、知らないとか大丈夫? 生きてる?」
ピンと画面の端に触れたと思うと、女王のホログラムは消え、入れ替わるように壁にパルトールの画像が浮かんだ。
いささか本人(本犬だろうか)と違うように見えることについて、リアンは触れないことにした。
「で、お客さんなあに? なんか用?」
女王は改めて、リアンに向き直った。
裾にかけて透けていく素材でできたピンクのパーカは、惜しげもなくその下の黒いキャミソールをさらけ出している。
そのパーカもへそと首、肩を覆わず、最早上着と呼ぶのもはばかられる。
抜群のスタイルは黒いキャミソールで尚のこと強調され、優美且つ豊満な曲線美を描く。
パルトールがここへ来て初めて声を上げたのも、無理のない話だ。
下半身は黒く幅のないスカートなのだが、これもずり落ちないのが不思議なほど、腰が見える。
ダメージのある素材なのか裾がほつれている。
スカートの黒がなぞるヒップラインは滑らかな流線形を描き、むき出しになった太もも、きゅっと締まった細い足首へ続いた。
芥子色の髪は、部屋と服に合わせているのか毛先が桃色に染められており、胸元に影を落とす。
程よく血色のある顔には、目、鼻、口のパーツが理想的に整っている。
彼女が瞬きをするたびに蝶が舞い、言葉を紡ぐたびに、赤く透ける宝石がその輝きを誇った。
「おねーさんにお届け物!」
「あたしに? なんか頼んだっけ」
女王は怪訝そうに眉を顰める。表情を崩したところで、彼女が醜くなる様子は微塵もない。
怒った顔もかわいいよと言われたい、などとぼやく似た風貌の同僚の姿がリアンの脳裏をよぎった。
しかしそんなことはどうでもいい。
託されたものを届けなければ、自分の来た意味がないのだ。
「貴方宛ての《想い》、届けに参りました」
ようやく切り出した本題。
リアンは鞄から、手紙の形となった《想い》を取り出し、差し出した。
「……マジでいんだ。アンタが、配達人?」
「はい」
「おねーさん、知ってるの?」
「なんか都市伝説? 聞いたことがあって。なんだっけ、告りたい人に手紙書いて預けると、秒で届けてくれるピンクい人がいるとかなんとか」
女王は胸にかかる髪を指に絡ませながら、手紙を受け取った。
「だからどんな人かと思ったんだけどさ、結構地味なんだ」
「そりゃ別人だもん。その人はのうりょー」
「同僚」
「それ!」
パルトールの言い間違いもどこ吹く風とばかりに、女王は手紙の差出人を見た。
「……うっそ」
静かに目を見開くと、もたつきながらも慌てて封を切り、中に目を通し始める。
「ねえねえリアン。そういえば、差出人誰だっけ」
「覚えてないの」
「だって見てないし」
あっけらかんと答えるパルトール。
このやり取りは何度目だろう、とリアンはため息をついた。
仕事のメインは自分とはいえ、彼の能天気さにはほとほと呆れつつある。
とはいえ、その能天気さに救われているのも確かだ。自分だけでなく、受取人も。
「…………なに、よ。それ」
いつの間にか、女王はぐしゃりと紙を握りつぶしていた。
「おねーさん、どーしたの? 泣かないで?」
「泣いてないし。……でも、わかんない」
崩れ落ちる彼女に、パルトールは顔や体を摺り寄せた。
尻尾の透明な宝石は、涙の形に変わっている。
「ねーねー、リアン。おねーさん泣いちゃったよ。なんかボクも悲しいなー?」
パルトールの大きな瞳が、じっとリアンを見つめる。
「こんなにきれーでおっぱいおっきいんだよ? まさかリアンともあろう男が、女性を見捨てないよね?」
「俺そこまで薄情だったかな」
「うん、はくりきこだよ」
「全然合ってない」
リアンはしゃがみこむと、女王の瞳を覗き込んだ。
「……俺たちでよければ、話聞きますよ」
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