リアンとパルトールは、異世界を渡り歩く配達人だ。

 どの世界、いずれの国、あらゆる時代にとらわれない異世界郵便局レターミナルに所属し、そこに集積される数多の《想い》を届けるため、世界を渡り歩いている。

 《想い》の在り方、成り立ちは様々。

 手紙に記せない、あるいは記してはいけないものであるなど、差出人が文字を書くことができず、ただ伝えたい一心だけが残ったもの。

 時代や民族によっては、文字を持つことが許されないことや、そうした技術が生まれていない、或いは既に文字を書く行為そのものが廃れている場合も珍しくない。

 そうして集積された《想い》は、配達先やその内容次第で振分システム・コンパスによって振り分けられる。

 その後それぞれ配達人に託され、受取人の元へと届けられる。

 今回リアンに託されたのは、このぎらつく鮮やかさと無機質さに支配された国の女王宛ての《想い》である。

「女王、ねー。ここって王政なの?」

 パルトールは辺りを見回しながら尋ねる。

 蒼い宝石にも似た大粒の瞳は、きょろきょろと落ち着かない。

「どうだか。人一人見当たらない」

「まるでゴーストタウンだよねぇ。人っ気がまるでないのに、人の顔ばっかり見える」

 ゴースト。その言葉に、リアンの中でとんと落ちる思いがした。

 現れたかと思えば、競うように消えていく。

 ここに来て以来ずっと見えるものであることから、恐らくこの街の住人のものだろう。

 しかしその住人は今のところ一人も出会うどころか、見かけもしない。

 リアンとパルトールはやがて、巨大な交差点へ辿りついた。

 幅の広い道路が十字に交わり、その隙間に細い道路が差し込む。

 大勢の住人や、ここを訪れる旅人のために作られた横断歩道には、一人と一匹の姿以外見られない。

 交差点をぐるりと囲むビル群の奥に、丸い摩天楼がすきっと佇んでいる。

 パルトールの尻尾が揺れ、小粒の透明な宝石がひし形に変化した。

 パルトールに残ったこの石は、方位磁石や羅針盤の役割を持つ。

 女王の居所は、件の摩天楼で間違いない。

「ねえリアン」

 尻尾を見つめるリアンに、突然相棒は振り返った。

「やっだー。どこ見てんのぉ、えっちぃ」

「君の尻尾だってば。……ここで、合ってる」

 乗り物の一つも来ない横断歩道は、寂しい歩行者天国だ。

 かつて数多の人間が踏みしめた白線を、リアンとパルトールが上書きしていく。

 小さく、砂埃が立った。


 丸い摩天楼の中は、更に鮮やかな色彩に満ちていた。

 すらりと立つ長身の女性たちは誰もがうつむき、眠るように穏やかな微笑みをたたえている。

 いずれも陶器のような肌に映える多様な装いに身を包み、さながらファッション雑誌の中を歩くようである。

 おそらく、洋品店が数多く集まった商業施設だったのだろう。

 それも、若い女性向けの。

「なあんだ。おねーさんたち皆無口だし、おっぱいないし。キレーなだけでつまんないの」

 精神的、物理的共に柔らかく、グラマラスな女性によく懐くパルトールがぼやいた。

 屋外でも見かけたホログラムは、建物内ではより多く現れて、同じように消えていく。

 特に服を着て、それをよりよく見せようとする女性の写真が増えている。

 そして赤いハートもひっきりなしに現れ、最早視界に映らない瞬間がない。

「鬱陶しい」

 吐き棄てるようにリアンは呟いた。

 ぎらつく色彩の奥に、ぽつんと使われなくなったエレベーターが佇んでいる。

「これで女王様までひとっとび?」

「だろうね」

 エレベーターの中でさえ、ホログラムが一瞬同席した。

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