リアンの手紙と「女王」の反乱

字書きHEAVEN

Op

 その街は、暴力的な彩りに溢れていた。

「ねぇリアン、本当にここで合ってんの?」

「合ってる」

 砂埃の舞う殺風景なビル街を、黒服の少年と白い毛皮の獣が歩く。

 獣は少年に向かい、まるで口を尖らせたような声色で尋ねる。

 尻尾の先には三色のひし形の宝石が浮かび、尾の動きに合わせて揺れる。

「道、間違えてなんかないよね?」

「まさか。パルトールじゃあるまいし」

「もう! ボクそんなポンコツじゃないし」

 リアンと呼ばれた黒服の少年は「はいはい」と、ため息ごと吐き出した。

 黒く堅いつばからは、少々くせのついた銀髪が靡き、その奥には海の底のように澄んだ青く大きな瞳が覗いている。

 肌には血色がなく、氷を削って拵えた人形に似た印象を与える。

 裾の長いコートが砂埃に翻ると、まるでマントのように膨らみ、細い彼の体躯を大きく見せた。

「俺たちの仕事に、間違いがあってはいけない」

「まーね。信用問題だし、知らない誰かの《想い》受け取っても困っちゃうよねー」

 パルトールと呼ばれた獣は、依然として尻尾を揺らしながら歩く。

 大型犬にも似た体は白く滑らかな毛に覆われ、四肢には金色のリングが浮かんでいる。

 角のように見える耳は大きな曲線を描き、大粒のアクアマリンに似た瞳は物珍しげにきょろきょろとよく動く。

 彼は宝石や貴金属を体中に持って生まれる幻想種の一頭だ。

 子供の頃、宝石の大半を密猟者に奪われたが、幸い尻尾の宝石や足のリングは小さく、売り物にもならないと見逃された。

 その当時にリアンに助けられ、用心棒を買って出て現在に至る。

 もっとも、多くは周囲に宝石の治癒波動を展開し、咳き込みがちな体質のリアンを守る程度の活躍しかないのだが。

 リアンは手元の手紙に目を落とした。

 この街に似つかわしくない、紙に書かれた手紙だ。

 灰色のビル街に浮かんでは消えるホログラムには、見た目に華やかな料理が映り、赤いハートがその周囲を乱舞する。

 別のビルにはめかしこんだ若い女性が浮かび、たちまちハートが現れる。

 或いはこの世のものと思えない美しい風景写真、または雪に落ちた牡丹のように染められた女性の爪先、誰かの飼い犬のあどけない表情、生クリームが派手に盛られた飲み物。いずれも忙しなく現れては消えていく。

 シャボン玉が消えるよりも、ずっと早い。

「きゅう、ここ目が疲れるよー」

 相棒のパルトールは、大粒の瞳をぱちくりと瞬かせ、不満げに呟いた。

「変にギラギラしててさぁ、居心地あんまりよくない」

「同感」

 リアンは被っていた黒い帽子を更に目深に被り直した。

「さくっと終わらせようよ。今日は誰なの?」

 パルトールは相棒を見上げる。

「ここの女王宛て」

「へぇ。じゃあきっと、あのたっかーい建物にいるね」

「多分ね」

 リアンは短く答えると、歩き出した。黒いコートの裾が僅かになびく。

 パルトールも続いて歩きはじめると、尻尾の宝石がちりんと涼しげな音を立てた。

 その様子を、カメラ目線を向けながらも不自然な笑顔の少女が見ている、ように見えて消えた。

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