第3話
開会式。
校長先生のお話は適度に長かった。
俺でもそう思うんだから、低学年の子にはすっごく長く感じるに違いない。
ここは俺にとっても母校の小学校だから、俺も校歌は歌えるんだよね。
ま、歌わないけどさ。隣に佐竹だっているし。
え? だって恥ずかしいじゃん!
べ、別に音痴とかじゃないけどさ。ほんとだぞ?
小学校の運動会の観覧は、やっぱり低学年の保護者ほどヒートアップする。
幼稚園のときも凄かったけど、とにかくカメラに動画をおさめるための場所の取り合い、
たぶんこれ、子供のほうでも「もう、パパもママも必死すぎ」「カッコ悪いからやめてよね」ってダメ出ししてるんじゃないかなあ。
そりゃそうだよな。周りの人を押しのけたり、「立ち入り禁止」のサインのあるスペースに入り込んでまで我が子を撮るために必死になってる親の姿。そんなのカッコ悪すぎて、友達には見せられないもんね。ああ見えて、子供って結構大人のことをよく見てるもん。
そう言えば、前に母さんが言ってたな。
幼稚園のときにも、あんまり保護者の席取り合戦が凄まじくて、とうとう園長先生がマイクで言い放ってたらしい。
『お荷物を置いての席取りはご遠慮ください。紙を貼らないでくださ~い。剥がしま~す!』って、あくまでもにこやかに。
なにしろ開場するやいなや、怒涛のように保護者のみんなが入ってきて、椅子に荷物を置いたり紙を貼ったりして席の奪い合いをするもんだからさ。いつも温厚でにこにこしてる園長先生が、このときばかりはぴしゃりと言ったらしいんだよな。
さすがの母さんも『あれ、にこやかなだけに逆にすっごく怖かったわ~』って笑ってたっけ。
いや、もちろん母さんはそんなことやってないよ? ほかの人の話ね、あくまでも。市販のテープで勝手に椅子に紙を貼ったりされると、剥がし跡が残ってあとが大変になるらしい。
保育園もそうだけど、幼稚園も大変だよなあ。
と、そんなことをつらつら考えているうちに、プログラムは一年生の演技になった。
今年は演技をしている児童の親が優先的に前列に立てるように、うまくローテーションが組まれている。自分の子供を撮り終わった親は後ろのレジャーシートスペースに戻り、次の出番まで待つわけだ。
児童の席と入場行進のためのルートはロープで遮られていて、保護者は基本的に侵入禁止。親は子供たちの席の後ろで、立ったり脚立の上に座ったりして動画や写真を撮っている。
俺と父さんもスマホやカメラを手に、洋介の出るかけっこと学年演技の時だけそっちに回った。佐竹は邪魔にならないように、親たちの後ろから演技を見ている。あれぐらい高身長だと、こういうときにいいよなあ。
必死で運動場の中央に向けて差し出されている沢山の親たちの腕の間から、俺も頑張ってスマホを差し出して洋介を撮る。大体どのあたりで演技するかは学校からのお知らせで事前に分かるようになっているから、ここで無闇にさがす必要はない。
去年流行したアイドルグループの歌をバックに、小柄な一年生たちがボールを投げ上げたり縄跳びでとんだり。二人組でボールの受け渡しをしてみたり、手拍子をして踊ったり。みんな可愛い。
陽射しはかなりきつかった。帽子がなかったら、顔じゅうあっという間に真っ赤になりそうだ。グラウンドにくっきりと子供たちの影が落ちている。でも、みんな元気に演技を続けた。
洋介の表情はものすごく真剣だった。俺はスマホでその動きを追いながら、目でもしっかり覚えておこうと一生懸命洋介の姿を見つめつづけた。
最後のボール投げ上げ、手拍子二回、縄跳びっていう高度な技で、ちょっと投げたボールが脇にそれてヒヤッとしたけど、なんとかやりきって演技終了。みんながびしっと最後のポーズを決める。
洋介の顔も、そこでようやく「やりきった」感が溢れたように見えた。これまでの緊張がとけ、はじめて満開の笑顔がはじける。
……ああ。母さんに見せたかったな。
俺は鼻の奥がツンとするのを
そうっと後ろを窺うと、佐竹がいつものきりっとした顔のまま大きく拍手しているのが見えた。
一年生のみんなが嬉しそうに、めいめい観客席に手を振りながら退場していく。洋介は少しだけきょろきょろしたけど、すぐに俺たちを見つけ、また笑顔をはじけさせた。
ちょっと遠慮しながらこっちに手を振る洋介に、俺たちも手を振り返す。
「頑張ったな、洋介! よかったぞー!」
みんなの声に紛れて聞こえないかもしれないけど、できるだけ声を張って叫ぶ。
やがて放送委員による「昼ご飯休憩コール」が入り、運動場全体にほうっと息をつくような感じが流れた。
しばらくして、一旦校舎に戻っていた子供たちが保護者を探しに出てき始めた。
実は、この親と一緒の昼ご飯タイムは決して強制しないことになっている。学校にはいろんな境遇の子供たちがいるからだ。さまざまな事情があって親や家族が来られない子。そもそも親がいないという子。うちだって、半分だけなら「いない」家庭なわけだしね。
そんなわけで、校舎の一部が解放されて、希望者は教室で担当の先生とお弁当を食べることもできるようになってるんだ。
少し腰を浮かし、首をのばしてしばらくきょろきょろしていたら、たくさんの赤白帽子の群れの中にやっと洋介の顔が見えた。
「洋介ーっ。こっちこっち!」
ぶんぶん手を振って大声をあげたら、洋介が俺をみつけてぱっと明るい顔になった。
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