8-5
ブラックベリー所長の命令を受けて、午後は所持品の抜き打ち検査に充てられた。だが、囚人の持ち物を一斉に検査するには看守の人数が足りない。
いきおい、検査は監房ごととなってしまう。
最初の方の囚人は否が応でも違法の品を
大量のアヘンタバコや釘が便所に捨てられたようだ。
とはいえ、それはたいした問題ではない。
ようはアキーム殿下の視察に合わせて、アルバンが平和で小ぎれいになっていればそれでいいのだ。
殿下の目の前で流血騒ぎやラリっている人間が出ないようにするのが抜き打ち検査の目的なのだから。
違法物を持っていた囚人も、軽い叩き刑だけで済んでいる。
囚人の中には今回の抜き打ち検査を喜んでさえいる者もあるようだ。
それはアヘンタバコを扱う裏組織の連中である。
大量のアヘンがクソまみれになったことで、視察後の需要がグッと高まると踏んでいるかららしい。
どういうルートを使ってか、奴らは大量のアヘンを監獄内に持ち込んでいる。
看守の誰かが買収されているという噂だが、詳しいことはわかっていなかった。
「所長もやることが性急すぎなんですよ。禁断症状の囚人が出たらどうするつもりなんでしょうね?」
メフィスト先生がブツクサ言いながら押収したアヘンを確かめている。
これらの押収品は治療に使うために医務室へ持っていくことになったのだ。
たぶんメフィスト先生も少しだけちょろまかすんじゃないかと思っている。
この人は自分が開発した笑気ガスというもので、たまにトリップしていることがあるのだ。
俺も何度か誘われたけど、そのたびに断っていた。
「感覚が研ぎ澄まされるんですよ。実験をする前にキメると集中力が持続していいのです」
そういうことを言うメフィスト先生はぞっとするような目つきをしていることが多い。
あまり関わり合いにはなりたくないのだけど、向こうは俺を気に入っているようだ。
何か用事があると他の看守ではなく俺を呼び出すのである。
マジックスクロールを書くときにアヘンをやったら集中して作業できるのだろうか?
少しだけ興味を引いたけど、やめておいた方がいいと判断した。
それくらいメフィスト先生は怪しすぎた。
集中するのは良いが、周りのことが一切視野に入らないような様子をしていたのだ。
それからの数日間は囚人が総出で毎日清掃をして過ごした。
何かが腐ったような臭気はだいぶマシになったような気がしたくらいに、アルバンの空気は入れ替わっている。
老朽化した建物のボロさは隠せなかったけど、以前よりはずっと清潔になったことは確かだった。
看守の仕事もこの騒ぎで休めなくなり、俺の非番は持ち越されてしまった。
おかげでフォスター男爵を訪ねる約束も延期せざるを得なくなっている。
その代わり、夜は疲労を押して精力的にマジックスクロールを書いた。
男爵に見せる見本は多い方がいいと考えたのだ。
ただ、フユさんとの話し合いで攻撃魔法に関しては納品しない方向で進めている。用意したのは治癒魔法と水魔法、光魔法のマジックランプの三種類である。
おそらく、需要が高いのは治癒魔法だろう。
ただ、水を10リットル作り出す水魔法と6時間光り続けるマジックランプはずっと簡単に書けるので、こちらの方も売れてくれるとありがたい。
◇
アキーム殿下の視察は拍子抜けなほどあっけなく終わった。
あれほどの大騒ぎをして清掃したというのに、殿下が囚人のいる施設内を歩いたのは30分もなかっただろう。
大喜びで案内するブラックベリー所長の後から、高級な葉巻をくゆらせて、アキーム殿下はのんびりと歩いていた。
女囚の監房の前で一度だけ立ち止まり、珍しそうに中を覗いたくらいだ。
「スケベそうな目つきでアタシの胸元を見ていたよ」
のちにそう語ったのは女囚のリーダーであるケイシー・スーだ。
彼女は長身でスタイルが抜群である。
王子の知らない野性味という魅力がそこにあったのかもしれない。
「王子様もケイシーの魅力には抗えなかったかな?」
俺の軽口にケイシーは眉根を寄せた。
「ハッ、あんないやらしそうな口ひげ王子はごめんだよ! ああいうのは変態的なセックスが大好きなんだ。アタシにはわかるのさ」
ケイシーの言葉はかなり偏見に満ちているんだけど、勘の鋭い彼女の言葉はバカにできない。
案外そう言うこともありそうだという気もしてくるのだ。
「おいおい、あんまり大声でそういうことを言うなよ。不敬罪で再逮捕されるぞ」
「ふん、私は王子様より狼様の方が好きなんだけどな」
「いや、そんなこと言われても……」
「愛のあるセックスしかできないんだろう? 大丈夫、たっぷり愛してあげるからさ。それとも心に決めた相手でもいるのかい?」
俺の想い人が勇者様であるとは言えない。
「それは、その……、失礼する!」
俺はその場から逃げ出すように立ち去るしかなかった。
アキーム王子の目的はフユさんかもしれないと心配したけど、それは
退屈しのぎで視察に来ただけのようだ。
宮殿からは毎年フユさんのところへ使者が来る。
それは現王太子との婚姻を促そうとする使者だ。
ひょっとしたら今年はアキーム殿下がその役を仰せつかったのかと考えたのだが、考え過ぎだったようだ。
「その使者が来るのは毎年春のことなのだ。季節的に少し早いな」
フユさんはそう教えてくれた。
「フユさん、今年はその申し出を受けてみませんか?」
俺はずっと考えていたことをフユさんに提案した。
フユさんは少し驚いたが、俺に考えがあることを見抜いて先を続けるように促した。
「どういう意味なのだ?」
「フユさんを脱獄させるにあたって問題になるのは魔封錠とこの特殊監房です。王家の提案を受け入れたふりをすれば、少なくとも特殊監房を抜け出すことはできるでしょう」
「うむ……」
フユさんは浮かない顔をしている。
「問題がありますか?」
「実質的なことを言えば、魔封錠を何とかしなければその作戦は実行できないということだ。これが外れない限り私は力を取り戻せないし、いくら狼殿が強くても、20人を超える近衛騎士が相手では苦戦するのではないか?」
「たしかに」
「それにたとえ偽りであっても、狼殿以外の男の元へ行くと言葉にするのは抵抗がある。私は狼殿以外には……」
「フユさん」
俺は思わず鉄格子から手を入れて、フユさんの手を握りしめていた。
フユさんに触れるのは初めてのことで、お互いが魔法にかかったように動けなくなってしまった。
繋いだ指から暖かいものが流れ込み、心を満たしていく。
「必ずここを出ましょう。魔封錠は何とかしますから」
「狼殿……」
時間が許す限界まで、俺たちは互いの手を握り合っていた。
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