8-4
ドノモの告げ口を聞いてから、俺はそれとなくパルプアというエルフを観察してみた。
監獄では種族ごとにグループを作って勢力争いをするが、奴はいつでもエルフグループの中心に居た。
入獄してまだ間もないが、すでにグループのリーダー格に納まっているようだ。
痩身で口数は少なく、目つきだけがギラギラとしていて人を圧倒している。
青白い肌には首から背中にかけて紺色のタトゥーが彫られていた。
ファイルを調べてみると、パルプアは殺人罪で投獄されている。
この男は違法薬物の売人であり、縄張りを巡るトラブルから、敵対グループの構成員を焼き殺してしまったとある。
そう、パルプアは火炎魔法の遣い手だった。
奴の手首には魔法を封じる魔封錠が取り付けてある。
ただ、よく見ればフユさんにはめられているのとはちょっと違うようだ。
フユさんのは特別製なのだろう。
パルプアのよりも作りがもっと重厚だ。
それはともかくパルプアが危険な囚人であることは間違いない。
殺されたケッチも裏社会では大物だった。
シャバでは薬物販売もしていたようだ。
ひょっとしたら、その筋のいざこざから殺された可能性もある。
パルプアの刑期は十年で、二か月後には北方開拓地へ移送されることが決まっていた。
そこで強制労働の日々が待っているのだ。
一般的に魔法を使える人間は有益な人材として優遇されることが多い。
わざわざ裏社会の人間にならなくても、活躍の場所はもっとあっただろう。
だが、どういうわけかパルプアは犯罪組織の人間として生きることを選んでしまったようだ。
ケッチが殺されたという洗濯室の方も見て回ったけど、別段の異常は発見できなかった。
洗濯室は排水設備がある洗い場を五つ備え、壁には大きな盥や桶が詰んである。
端の方には汚れ物や、洗剤の袋が並べられているようなところだ。
薄暗くてじめじめしていて、居心地のいい場所じゃない。
夏場はそれなりに人気の労働場所になるのだが、今は冬なので凍えるような寒さが身に染みた。
今日の洗濯作業は終わっていたので、ひっそりと静まり返っていて、人っ子一人見当たらない。
脱獄の気配はないかと排水口の留め金まで調べたが、そんな様子もどこにもなかった。
俺は我に返って苦笑してしまう。
これからフユさんを脱獄させようとしている俺が、他人の脱獄の
結局、何ら得るものもなかった俺は昼食を食べに看守の休憩室へと向かった。
囚人は朝夕の二食しか食べられないが、看守には昼飯がつく。
食堂へ入っていくとすでに食べ終わったマシューがタバコの煙をくゆらせていた。
「お疲れ、ウルフ。今日のポテトはまあまあマシだぜ」
トレーには大盛りのベイクドポテトが盛られていて、バターの匂いが食欲を誘っている。
午後は清掃業務の監督だ。
屋外での仕事はきつい季節になっている。
今のうちにしっかり食べておかないと、寒さで凍えてしまうだろう。
俺はまだ湯気を立てているポテトを、ガツガツと腹に詰め込んだ。
量だけはたっぷりある昼飯を食べ終えて紅茶で一服していると、珍しくブラックベリー所長が食堂へやってきた。
もちろん昼食をとりにやってきたわけではない。
彼がこんなところで、こんなにも貧しい食事をするわけがないのだ。
たいていの場合、所長は外のレストランで豪華な昼を食べる。
看守たちは何事かと所長を見守った。
「あー、諸君、そのままで聞いてくれ」
所長は分厚い手を上げてみんなの注目を集めた。
いつもより厳めしい表情を作ってみせているが、どこかウキウキとした態度も感じられた。
「この度、我々にとって大変名誉なことが決まった。私も先ほど通知を受けて大変興奮している。なんと第三皇子アキーム様が我がアルバン監獄をご視察されることが決まったのだ」
所長は嬉しそうにしていたが、看守たちはそうでもなかった。
あからさまに嫌な顔をする者はいなかったが、内心は楽しくない。
余計な仕事が増えることが容易に予感できたからだ。
「殿下のご視察に当たり、万が一があってはならない。囚人たちにはより一層の清掃を申し付けるのだ。それから、囚人たちの持ち物を今一度あらためるように。ナイフや釘のような武器はもちろんのこと、ドラッグやポルノを取り締まるんだ。監獄内に風紀をいきわたらせろ。囚人たちにも風呂を使わせ、少しは身ぎれいにさせるんだ。服の洗濯もだ!」
所長は思いつくままにポンポンと命令してくるが、実際に徹底させるのは俺たちである。
そしてそれはとても大変なことなのだ。
誰もがうんざりとした顔になっていたが、ブラックベリー所長は気にも留めずに話を締めくくった。
「殿下は五日後にいらっしゃる。それまでは通常業務を止めてもいいので、とにかくアルバンを清潔にしろ。わかったな?」
言いたいことだけ言うと、所長はこんなところに長居は無用とばかりに去っていった。
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