7-9
ルイスの家族は奥の部屋に避難させ、俺と警部は居間に身を潜めた。
そうしている間にもドアの隙間から道具が差し込まれて閂を外していく。
しばらくするとゴトリと音を立てて閂が床に落ち、三人組が部屋の中へ入ってきた。
賊は慎重に部屋の中を見回して奥へと進む。
ランプの明かりを反射して、賊の手にはナイフが閃いていた。
あのナイフでジェーンを刺したのかと思うと、凶暴な気持ちが胸の奥から湧き上がるようだった。
奴らが完全に部屋に入ったところで、カーテンに隠れていた俺が扉のところまで出て退路を断った。
驚いて振り向く賊たちに、警部が後ろから殴りつけ、あっという間に全員を倒してしまった。
鮮やかな手際だ。
よく見るとパンを捏ねる時に使う木の延べ棒を手に持っている。
「いつの間にそんなものを?」
「先ほど台所から借りてきたのだよ」
「お一人で突っ込むなんて無茶をしないでください。私にも手伝わせてくれればよかったのに」
警部は真面目な顔で俺を見つめた。
「今のウルフ君を戦わせる方が危険だよ。容疑者を殺されても困るからね」
「そんな……」
「君の友人を殺した張本人かもしれないが、落ち着いて行動してくれたまえ」
「わかりました……」
「さあ、尋問にうつろう」
侵入者をロープで縛り上げて詳細を問いただした。
♢
地下特別監房ではキンバリーが居心地の悪そうな顔で布由の前に腰かけていた。
「それではジェーンというのは狼殿の想い人ではないのだな?」
「ちがう、ちがう。バートンにそんな気はないよ。もっともジェーンの方はバートンに惚れていたとオイラはにらんでいるけどね」
「そ、そうなのか?」
「時々、バートンの後ろ姿を熱いまなざしで見つめていたもんな。たぶん、好きだったんじゃねえのか?」
布由は顔がほてる思いだった。
たまに、自分も作業をしているバートンをぼんやりと見つめていることを思い出したのだ。
そんな時は、あれこれとバートンについて考えていることも。
「バートンはジェーンの想いに気がついていたのだろうか?」
「どうだろう? あいつは鈍感じゃないけど、気づかないフリをしていたんじゃないかな? お屋敷で色恋沙汰はご法度だったし、当時は身分差というのもあったんだ。世間には公表されていなかったけど、バートンはあれで、伯爵も認知した庶子だったんだよ。メイドと結ばれるなんてことは許されなかったと思う」
「だが今はどうだろう? こう言っては何だが、サリバンズという家は取り潰されてしまったのだろう?」
「たしかにな。今ならバートンもただの六等官だ。ジェーンと釣り合わないこともない」
軽い焦燥とも憧れともつかない不思議な気持ちが布由の心の中を駆けていく。
バートンと紡ぐ未来を想像したり、鉄格子の内にいる自分を思って諦めてみたり、波のように繰り返す正と負の感情を、抑揚のない表情で包むことしか今の布由にはできなかった。
「でもなあ、たぶん、バートンはフユさんが好きだぜ」
おしゃべりな妖精がなにかを言っていた。
布由は自分の思いにとらわれていて、ぼんやりとしか聞いていなかったから、その言葉が輪郭を持つのに時間がかかった。
「えっ……」
「ここに来るときは妙にウキウキしているんだよな。きっとフユさんに会えるのが楽しみでしょうがないんだよ」
「そんなことがあるだろうか……」
「今度あいつが来たら気をつけて見ていなよ。きっとニコニコしながら作業をしているからさ。普段はそんなことないんだぜ。まあ、監獄でニコニコしていたら異常だけどさ」
そう言われて布由は初めて気がついた。
狼殿はいつも穏やかな笑みを浮かべていたことを、その笑顔にどれだけ自分の心が癒されていたかを。
「だが、私は狼殿にしてやれることなど何もない」
二人の間には鉄格子があるのだ。
「バカだねぇフユさんは。フユさんがただそこにいるだけで、バートンは幸せなのさ」
(そんなことがあるのだろうか……)
同じ疑問が湧き上がってきたが、今度は声にならなかった。
「金さん」
「なんだい?」
「本当に、狼殿は本当に私を必要としてくれているのかな?」
「オイラはそう思うけどね。気になるのなら確かめてみたらどうだい?」
布由は何も答えられずにただ虚空を見つめるだけだった。
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