7-8
従業員に警察を呼ぶように言いつけて、すぐにホテルを出た。
途中でロンディアン市警によりジャガー警部に会って事情を説明した。
きっと、俺も容疑者になるだろうから、早い段階で警部に相談しておくことにしたのだ。
「ルイスという知人が心配ですので、すぐにブロムリーにいかなければなりません。警部、警察の馬を貸してはいただけませんか」
「承知した。私も一緒に行こう。ルイスという娘は盗品の指輪を預かっているのだろう?」
「一応、君も容疑者になるのだよ。もちろん私は疑っていないけどね」
盗品という言葉に胸が痛くなる。
だけど現実から逃げることは許されない。
どうしてジェーンが命を狙われたのか、その指輪を見れば何かがわかるかもしれないと思った。
時刻は地の3刻(20時くらい)を過ぎていて、ルイスの実家は真っ暗だった。
賊が既に襲撃した後かもしれないと焦りを感じたけど、ドアを叩いてしばらくすると室内に明かりがともり、俺も警部も顔を合わせて胸をなでおろした。
「こんな夜更けに誰だい?」
不機嫌な男の声がドアの内側から聞こえてくる。
「ロンディアン市警だ。ルイス・オズボーンはいるか?」
「えっ? 警察!? 私、何にもしていないよ!」
聞き覚えのある、少し高いルイスの声がして、俺も声をかけた。
「ルイス、俺だ。バートン・ウルフだ。ここを開けてくれないか」
「ええ!? バートン様? どうして?」
閂を外す音がして、扉が開いた。
「本当にバートン様じゃないですか。そのお姿は、警察官におなりになったのですか?」
看守の制服を着たままだったから勘違いしたのだろう。
時間もないので特に否定はしなかった。
「中に入れてくれないか? 大事な話があるんだ」
「わかりました。お父さん、いいよね?」
最初に出てきた人はルイスの父親だったようだ。
室内といっても小さな家で、入ってすぐのところが食堂兼居間のような部屋だった。
奥に寝室があるようだ。
「ルイス、ジェーンから預かりものをしていないか?」
「ええ、小さな包みを預かっていますよ。でも、なんでバートン様がそれを知っているんですか? あっ、ジェーンに会ったんですね!」
ルイスは無邪気に笑っていた。
だから俺は途方に暮れる。
「ルイス、その包みをこちらのジャガー警部にお見せしてくれ」
「はい。すぐに取ってきます」
ルイスは何も知らないとジェーンは言っていた。きっと包みの中身が何なのかも知らないのだろう。
受け取った包みの中には大ぶりな指輪が一つ入っていた。
材質は金で、円盤状になった上部には細密な紋章が彫られている。
「どこかの家紋のようだが」
警部が俺に指輪を渡してきた。
ルイスが持つ燭台の火で照らしてみると、そこにはハシバミの枝、三つの星、一つの塔が描かれていた。
「ロッセル男爵家の家紋です」
紋章の暗記は執事の基本的スキルの一つだ。
すでに執事ではないとはいえ、意外なほどすんなりと思い出すことができた。
「ロッセル男爵といえば開発局の顧問だな」
「はい。魔王から解放された北方領土の開発が主な任務ですね。北方といえば石炭や泥炭の産出が盛んな土地です。例のエッセル氏は燃料を扱う問屋です。面識があってもおかしくはありません」
「なるほど」
「どうしますか?」
「とりあえずここで待とう。ジェーン・ロイド殺害の犯人は必ず今晩中にここへ来るはずだ」
「殺害!」
会話を聞いていたルイスが小さな叫び声をあげていた。
「ウルフ様、ジェーン殺害ってどういうことなんですか?」
「ルイス……。そうなんだ、ジェーンはさっき息を引き取った」
薄暗い居間の中で、これまでのことをルイスに説明した。
「せめて、本当のことを話していてくれたら、こうはならなかったかもしれない。刑期だって2万ギールの窃盗なら短くて済んだのだけどな……」
きっと半年に満たない禁固刑と鞭打ち数回くらいだったはずだ。
「ウルフ様がいたからだと思います……」
「えっ?」
「あの子、ずっとウルフ様が好きだったから……。ウルフ様に自分が泥棒をしたなんて言えなかったんだとおも……ウッ……ウウッ」
「そうか……、うん……」
俺が看守だったから、自分がアルバン監獄に送られるとわかっていて容疑を否認したのかもしれない。
そう考えると、あまりにジェーンが哀れな気がした。
「シッ!」
唇に指を当てたジャガー警部が俺たちの会話を遮った。
扉の外に人の気配がする。いよいよ暗殺者がやってきたようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます