7-7

 ホテルについて食堂を見回すと、客の数はまばらだった。

ジェーンはまだ来ていないようだ。

シャンドン・ホテルは看守になる前にしばらく投宿していた場所だから、店員は俺の顔を覚えていてくれた。


「ウルフ様、ジェーン・ロイド様なら207号室でお待ちですよ」


 ニヤニヤと笑うボーイが何を考えているかは想像がついたけど、礼を言って部屋に向かうことにした。

すぐに二人で食堂に引き返せば彼の誤解も融けるだろう。


「ジェーン、ウルフだよ」


 ノックをしたけれども返事はなかった。

寝ているのだろうか? 

もう一度ノックしてみたけど、やっぱり反応はない。

ドアノブに手をかけてみると扉はあっけなく開いてしまった。


「ジェーン、いないの?」


 廊下からランプが差し込むだけの薄暗い部屋の中を進むと、椅子に誰かがうなだれた状態で座っていた。


「ジェーン? ごめん、返事がなかったから勝手に入ってきたけど、具合でも悪いの?」


 ジェーンはピクリとも動かない。

その時になって初めて血の臭いを感じた。

慌てて通路のランプを持って引き返すと、ジェーンは血の気のない表情で猿轡(さるぐつわ)を噛まされていた。

ぐったりとしていて、顔のあちらこちらに殴られた痕のような痣ができている。

体はロープで椅子に縛り付けられている状態だった。


「ジェーン!」


 大声で呼びかけてみたけどやっぱり反応はなかった。

腹のところに大きな染みができていて、床にまで血が垂れている。

まだ息があるのかどうかもわからなかったけど、すぐに回復魔法のマジックスクロールを取り出して魔法を発動させた。


「聞こえるかい、ジェーン。しっかりするんだ」


 頬にわずかな赤みが戻ったような気がしたけど、ジェーンはまだ目を開けない。

2枚目のマジックスクロールを取り出して再び魔法を発動させた。

何とかこれで持ち直してほしい。

ポケットにある回復スクロールはこれで最後なのだ。


「ジェーン、頼む。目を開けてくれ!」


 俺の呼びかけにジェーンの体がピクリと動いた。

大慌てでジェーンを縛っていたロープをほどいた。


「ウル……フ……様」

「ジェーンよかった。すぐに医者を呼ぶから。誰か! 誰か来てくれ!」

「ウルフ……様。天罰が下りたのです。私、本当は、お金を……盗みました」

「ジェーン……」

「でも、ルイスは……助けてやって……ください。あの子は……関係ないのです」

「どういうこと?」

「私、痛めつけられて……ルイスに指輪を預けたことを……喋ってしまったんです。きっと……次はルイスが……狙われます。ルイスの実家、プロムリー28番地……」

「わかった。ルイスのことも俺が何とかするから。少し待ってて、医者を呼んでくるから。誰か来てくれ‼」


 人を呼びに行こうとしたのだけど、ジェーンは俺の袖を離してはくれなかった。


「ウルフ様……私は許されないことをしました。故郷に帰りたくて、つい目の前にあったお金を……ポケットに……でも、信じてください。すぐに後悔して……返そうと思ったんです」

「信じるよ。ちょっとだけ魔が差しちゃっただけなんだよな。わかっている、君はいいこだもん」

「よか……た……」

「少しだけ待っていてくれよ。監獄の宿舎に回復魔法のスクロールが1枚あるんだ。それを使えばきっとよくなる。すぐに取ってくるからさ」


 アルバンまでは走っても往復で30分以上かかる。

それまでもってくれればいいが。


「もう……いいのです。私のことより……ルイスを……私、盗んだ指輪を……ルイスに預かってもらって……」

「わかった。それも警察に伝えるから」

「ウルフ様……」


 ジェーンは何かを言いたそうに俺を見つめて……結局、何も言わないまま息を引き取った。

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