7-6

 エッセル夫人は本当にアルバン監獄を出たその足でロンディアン市警に向かったようだ。

二日後にはもうジェーンの釈放手続きの書類がこちらに届いていた。

そこからはとんとん拍子に手続きは進み、本日をもって189番、ジェーン・ロイドは正式に釈放となった。

監獄の出口のところで、囚人服から海老茶色をした私服へと着替えを終えていたジェーンが待っていた。


「本当によかった。こんな場所はジェーンには似合わないよ」

「ウルフ様、いろいろとありがとうございました。ケイシーさんから聞いています。私が監獄の中で困らないように手をまわしてくださったんですよね」

「そんなことはどうでもいいんだよ。俺にできることなんてそれくらいのものだからね。それよりもこれからどうするつもり?」

「とりあえずはルイスを頼って、それから田舎に帰ります」

「故郷はどこだっけ?」

「バジンドンです。ロンディアンの東にある」


 それなら徒歩で3日もあれば着ける距離だ。

近いと言えば近いけれど、生活圏内とは大いに異なる。

もう、ジェーンとは二度と会えないのかもしれない。

せめて、きちんと故郷にたどり着けるようにしてやるくらいは面倒を見たかった。


「そうか。とりあえずこれを持ってシャンドン・ホテルで待っていてくれないか。今夜はそこに泊まるといい」


 なけなしの1万ギール銀貨を渡した。

今のジェーンは1000ギールくらいしか持っていないはずだから、田舎に帰るのだって命懸けになってしまう。


「ウルフ様……」

「仕事は夕方に終わるから、今後のことは夕飯を食べながら相談に乗るよ」

「ウルフ様、お金はきっとお返ししますから」

「それも夜に話そう。今は部屋を取ってゆっくり休んで、体力をつけなきゃ」

「ありがとうございます。では夜にまたお会いしましょう」

「屋敷の近くにあったシャンドン・ホテルだよ。そこの食堂で待っていて。地の1刻(18時くらい)過ぎには行けると思うから」


 何度も振り返りながら去っていくジェーンを見送って、仕事に戻った。



 囚人の中には地理に詳しい者が多い。

仕事柄、辻馬車や駅馬車、運搬船の運航時刻なんかがきちんと頭に入っているのだ。

499番もそんな泥棒の一人だった。


「バジンドンですかい? それだったら荷物を運ぶ小舟で行くのが一番のお薦めでがすよ」


 俺がやったタバコをうまそうにくゆらせながら、ホビットの盗賊は教えてくれた。


「料金はどれくらいかかる」

「相場は2000ギールってとこですね。2500まで出せば大抵の船頭は乗っけてくれやす。馬車よりも早いし、揺れも少ないですぜ」


 バジンドンはロンディアンよりも下流にあるおかげで、下りの運賃は安いとのことだった。

これならジェーンも疲れずに故郷へ戻れるだろう。


「いい話を聞けて助かったよ。これはお礼だよ」


 追加のタバコを五本握らせると、ホビットは嬉しそうに受け取り自分の房へと帰っていった。



 夕方になって、いつものようにフユさんの食事を運んだのだけど、今日はあまりゆっくりしていられない。

この後すぐにジェーンに会う予定だからだ。

食事と一緒に新しい本を差し入れてから、俺は断りをいれた。


「今日は用事があって、すぐにでかけなければなりません。これから少々街へ行ってきます」

「遅い時間にご苦労だな。仕事か?」


 すじ肉のスープをすくいながらフユさんが聞いてくる。


「私用です。かつての同僚が難儀なんぎしているので、相談に乗るつもりです」

「そうか……」

「バートンの同僚メイドだった姉ちゃんで、ジェーンっていうんだ。オイラにも内緒でクッキーを分けたりしてくれるような可愛い姉ちゃんだったぜ」


 キンバリーが詳細を披露していた。

妖精はおしゃべりだからね。


「ほう……」

「それでは行ってまいります」


 地下監房を出ようとしたら、フユさんがキンバリーを呼び止めていた。


「キンさん、少々付き合ってほしいのだが」


 なぜか有無を言わさない迫力がそこにはあって、キンバリーは断ることができなかった。

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