7-5
アルバン監獄での面会時間は風の5刻(午前10時くらい)から受付がはじまる。
面会者は帳簿に住所氏名を記入して待合室で順番を待つ。
待つ時間は人それぞれで、短い者なら半刻くらい、長い場合は2刻以上待つことも珍しくない。
面会の順序は受け付け順とは関係なく、すべては看守の都合による。
散々待たされたあげく、その日の内に面会が叶わないなんてことも珍しくはない。
人によっては看守に賄賂を渡して順番を早める者もいる。
差し入れのある者はあらかじめ係官に品物を渡してチェックを受けなければならない。
差し入れは食べ物であることが多い。
監獄の食事は極端に不味いので、家族のある者は外の食事を非常に喜ぶ。
ただしチェックの際にパンやケーキなどはほとんど二つ以上に割られてしまう。
刃物やヤスリを隠していないかを確認するためだ。
本日の俺の任務は、そんな面会担当だった。
今日は面接者や囚人と同じ個室に入り、そのやり取りを監視する係を受け持つ。
受付からもらったリストの中にジェーンの面会があったことにはすぐに気が付いた。
面会者はエッセル夫人。
エッセル氏の金を盗んだのはジェーンと思われているのに、夫人はいったいどういう意図でジェーンに会いに来たのだろうか?
同僚の看守に根回しをして、ジェーンの面会監視は俺にやらせてもらうように話をつけた。
小さな面会室へエッセル夫人が入ってくると、先に着席していたジェーンは少しだけ身を強張らせた。
「面会時間は5各(約5分)です。それまでに話を終わらせてください」
説明しながらテーブルの上の砂時計をひっくり返した。
この砂が落ちきれば面会は終了になる。
実はこれも賄賂の対象となっていて、看守に砂時計をもう一度ひっくり返させるには500ギール銅貨を手渡すというのが相場だ。
キンバリーの話からもっと冷たい女の人を想像していたのだけど、エッセル夫人は普通の奥さんだった。
美人と言っていい顔立ちだとは思うのだが、どこか平凡な印象を受ける。
以前に会ったこともあるような雰囲気の人だったが、どこで会ったのかは思い出せない。
「すこし痩せたかしら?」
戸惑いながらもエッセル夫人からジェーンに話しかけてきたが、ジェーンは何も答えなかった。
そして、二人同時に俺を見てきた。
まるで、俺がいると話がしづらいと言わんばかりだ。
だけど、看守としてこの場を離れるわけにはいかない。
静寂に包まれる室内で、砂時計の砂だけがサラサラと淀みなく流れていく。
「本当に貴方が盗んだの?」
沈黙を破ってエッセル夫人が再び口を開く。
ジェーンはもう一度だけ俺の方をちらりと見た。
「私は……盗んでいません」
俯いたまま答えるジェーンを見つめて、エッセル夫人は何事かを考え込むような表情になった。
それからまた数各の時間が流れて再びエッセル夫人が口を開いた。
「いいわ。貴方がそういうのなら、そうなのでしょう。貴女に対する訴えを取り下げます」
あまりに意外な言葉に、俺もジェーンもポカンとした表情をしていたと思う。
「それはどういう意味ですか?」
あまりのことに俺が質問していた。
「そのままの意味ですわ。これから警察に出向いて告訴を取り消すのです。何か問題でも?」
「いえ、そんなことは……」
「今日はこれで帰ります。よろしいでしょうか?」
「どうぞ。待合室の出口で手続きを済ませてからお帰り下さい」
出ていく夫人の後姿を見ながら、あることを思い出していた。
どこかで会ったことがあると思っていたのだが、エッセル夫人は死んだ親父殿が好みそうなご婦人だったのだ。
親父殿はああいう、どこにでもいそうで、ちょっときれいな普通の女性が好きだった。
「ウルフ様……」
「ジェーン、なんというか……よかったじゃないか。エッセル夫人は君のことを信じてくれたんだと思うよ」
理由はわからないけど。
ジェーンは困惑した顔つきではあったが、ぎこちなく微笑み頷いていた。
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