7.あるメイドの犯罪 7-1

 昼の巡回は女囚棟の当番だったが、いきなり問題が勃発した。

本日収監されたばかりの女囚の一人が発作を起こしたのだ。


「アルコールの離脱症状の発作ですね」


 メフィスト先生がのんびりとした声で説明してくれた。

監獄ではよくあることなのだが、いきなり目の前で倒れたので驚いてしまったよ。

さっきまで意識を失って全身を硬直させていた女囚は、もう弛緩した状態になっている。


「飲んだくれが監獄に来ていきなり酒を抜くと、こういう症状になるんですよ。ウルフ君も飲み過ぎには注意しましょうね」

「どうしましょう、医務室まで運びますか?」

「嫌ですよ、この人、失禁してますもん」


 発作の最中に漏らしてしまったようだ。

つきたくなくても、ため息が出てしまう。


「服を換えて、洗ってやらなければなりませんね」

「お疲れ様です。あ、でも水風呂はやめてくださいね。心臓止まっちゃうかもしれないから」


 お湯を沸かして綺麗にしてやらなければならないか。

同房の女囚にやらせるしかないだろう。


「ピーター、お湯の準備を頼む。見回りは俺一人でやっておくから」


 女囚をメフィスト先生とピーターに任せて、俺は一人で見回りの続きをした。



 今日は他にも新しい女囚が3人来ているので、顔をよく見ておこうと各房をチェックしていく。

そして4番房へ来たとき、俺は我が目を疑ってしまった。

房の中で膝を抱えて悄然と座っていたのは、かつての同僚であるジェーンだったからだ。

ジェーンとはつい最近路上で再開を果たしたばかりだ。

あれは道路建設の監督業務をしているときだったな。

二人とも新しい職場が見つかったと安心し合ったものだったのに……。


「……ジェーン?」

「ウルフ様……」


 ジェーンは怯えたような目つきで俺に縋りついてきた。


「ウルフ様! どうかお助け下さい!」

「落ち着いて。どうして? どうして君がこんなところに?」


 ジェーンは俺の袖を掴んでイヤイヤと首を振る。


「違うのです。これは何かの間違いなのです。ウルフ様、どうぞお助け下さい!」


 錯乱しているせいか支離滅裂になっていた。

だけど、一緒に働いていたからジェーンの性格はよく知っている。

彼女は真面目ないい娘なのだ。

犯罪を犯すようなタイプでは決してない。


「わかった。何があったのか俺も調べてみるから、気を落ち着けるんだ」


 裁判において看守のできることなどないけど、とにかくファイルを調べてみることにしよう。


「27番! 27番はいないか? ケイシー・スー!」


 なおも縋りついてくるジェーンを宥めて、俺は一人の女囚を呼んだ。


「あら、ウルフの旦那。私に用ですか?」


 監房の奥から気怠い声がして、赤髪で褐色の肌をした大柄な女が現れた。

彼女はケイシー・スーといってこの区画のボス的存在だ。

人並み外れた身体能力を有していて、自分のことを耳長みみながと呼んだ他の女囚を、これまで6人も血祭りにあげている。

ケイシーはハーフエルフだった。

アルバン監獄に来た理由も、酒場で4人を相手に大立ち回りをして、全員を半殺しにしたからだ。

刑期は3年6カ月だった。


「今日入ってきた189番はジェーン・ロイドといって俺の知り合いなんだ。これで面倒をみてやってくれないか? 頼む」


 監獄の中は娑婆以上に金がものを言う世界だ。

俺は財布にあった4000ギールと紙箱に残っていた20本弱のタバコをケイシーに渡した。


「旦那は水臭いなあ。そんなことしなくても旦那の頼みならちゃんと聞いてあげるのに」


 そうは言ったものの、ケイシーは差し出された金とタバコを素早く服の下にしまっていた。


「すまないが、よろしく頼む」

「あれ、旦那の女ですか?」

「そうじゃない。ちょっとした知り合いだ」

「ふーん。ねえ、旦那……」


 急に甘え声を出し、ケイシーは両腕でかき抱くように胸を寄せる仕草をした。

もともと大きな胸がさらに強調され、だらしなく開いた襟元から深い谷間が現れる。


「どうした?」

「あの子の面倒はしっかり見るから、一度私を抱いてくださいよ」


 な、なんだよ突然に? 

金に困っているのか?


「いや、手持ちの金は渡したので全部なんだ」

「やだなぁ、お金なんていらないってば。アタシが旦那に抱かれたいだけ」

「なんでまた?」

「だってさ、旦那はいい男だし、監獄狼かんごくウルフの女になれれば、アタシの株も上がるってもんだもん」


 囚人たちにつけられた妙なあだ名が定着してしまったらしい。

アルバンで一番狂暴といわれたジャック・ケッチをぶちのめしてからのようだ。

そういえばケッチはすっかり大人しくなっている。

怪我で動けない上に、あそこも使い物にならなくなってしまったようだ。

メフィスト情報によると、やっぱり玉が一つつぶれていたらしい。


「左側がハギスみたいにパンパンに膨れていたよ」


 ハギスとはミンチにした羊の臓物やタマネギを羊の胃袋に詰めて茹でた料理だ。

嫌いじゃないけどメフィスト先生のせいで当分食べたくなくなった。

ケッチはしばらくは病室にいたようだが、かつていたぶった囚人からの報復を恐れて、今は自分の房に閉じこもっている。

因果応報という言葉の意味を身をもって感じていることだろう。

俺と目が合ったら怯えたように隠れてしまったから、報復のおそれはなさそうだ。

それでも、気は抜かないように心がけておこう。


「ねえ、一回くらいいいだろう?」


 ケイシーが寄りかかってきて、腕を挟み込むように胸を押し付けてきた。

ジェーンのこともあるから無碍にもできずに困ってしまう。


「あ~、ケイシーは魅力的なんだけど、俺はその……、愛のないセックスは無理というか……」


 言い訳に困って、つい本音が出た。


「プッ! あーーはっはっはっはっは!」


 そんなに笑わなくてもいいのに……。

おかしなことを言ったか?

ケイシーが笑い転げているどさくさに紛れて、俺はその場を離れた。

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