6-4
18監房の前ではマシューと補佐のレビンが緊迫した様子で警棒を抜いていた。
「328番、その石を下に置くんだ!」
痩せて青い顔をした小柄な囚人が、先端の尖った石を握って身構えている。
きっと、今日の舗装作業の間に手に入れて、隠し持ってきたのだろう。
房に入る前の持ち物検査で見つかったようだ。
「俺をここに入れるな! この房に戻るくらいなら、みんなぶっ殺してやる!」
マシューとレビンは挟み込むように328番へにじり寄った。
その様子を巨漢の囚人が鼻をほじりながらヘラヘラと眺めている。
それがジャック・ケッチだった。
「ペレット、看守の旦那の手を煩わせるんじゃねえよ。後でたっぷりと可愛がってやるから、おとなしく檻に入りな」
ジャック・ケッチは体重が220ロンブもある大男で、裏社会の顔役でもある。
そして、男色でも有名な囚人だった。
夜な夜な同房の囚人を犯すような最低野郎だが、文句を言える者は一人もいない。
腕力では誰もケッチに勝てなく、監獄の中でも数多くの手下を従えているので、看守でさえ迂闊に手は出せない厄介者だった。
きっとペレットと呼ばれた囚人はケッチの性のはけ口にされているのだろう。
「マシュー、その男を独房に移そう。石を持ち込んだ時点で懲罰房は決定だろう?」
懲罰のためというより、ケッチから遠ざけてやるために俺はそう提案した。
ところが、ケッチの方が俺の言葉に茶々を入れてきた。
「いやいや、旦那。こいつはすぐに大人しくなりますよ。石だって何かの間違いでポケットに入っちまったんです。なあ、ペレット」
だが、ペレットは首をブンブンと振って否定する。
「こいつのことは責任をもって面倒を見ますから」
ケッチが目配せすると、部下の男がマシューに素早く何かを手渡していた。
おそらく金だろう。
「ウルフ、328番のことは囚人たちに任せよう」
マシューはそう言ったが、俺は動けなかった。
ペレットの縋るような目を振り払うことができなかったのだ。
俺はこいつを助けてやる
それはあの勇者様によってもたらされた恩恵だ。
いまここでペレットを見捨てたら、俺はどんな顔をして勇者様に顔を合わせられる?
「328番、お前を懲罰房に入れる。こっちに来い」
ペレットにとっては煉獄で天使に会った気分だったかもしれない。
だが、よろよろと歩き出したペレットの行く手をケッチが遮った。
「48番、そこをどけ」
だが、ケッチは俺の言葉など聞こえない風に振舞った。
「あんた、ウルフとか言ったな? アルバン監獄に来てまだ日も浅いからわかっていないようだが、ここではすべてが俺の思い通りなんだよ。相手が看守でもかまやしねえ」
小さなガラス玉のような眼が蛇のように俺を睨みつけていた。
「ふ~ん、可愛い顔をしてるじゃねえか。看守にしておくのはもったいねえくらいだ。いいぜ、ペレットの代わりにアンタのケツをつかってもよ」
目の前には三つの選択肢があった。
1番 ペレットを見捨てて、ここを立ち去る
2番 ケッチを無視して、ペレットを連れていく。(後で報復の恐れあり)
3番 完膚なきまでにケッチを叩きのめす
「48番、看守に対してなんという口をきくんだ」
俺は静かに話しかけ、ポケットの中に入っている火炎魔法のマジックスクロールを掴んだ。
身体強化の方はシャツの内ポケットに忍ばせてあり、僅かな魔力を流すだけで、いつでも発動できる状態になっている。
出来ることなら火炎魔法は使いたくないので、あくまでも切り札として用意しているだけだ。
「おい、みんな聞いたか? 六等官様がお説教を垂れていやがるぜ」
品のない声で笑うケッチに、部下たちが
だが、その笑いはいきなり止み、監獄の中が静まり返る。
俺が警棒をケッチの胸にゆっくりとめり込ませたからだ。
「聞こえなかったのか48番。アルバン監獄では囚人が看守に暴言を吐くことは禁じられているんだ。破れば懲罰が待っている」
これは紛れもない事実だった。
「てめえ……」
ケッチの顔が怒気で赤くなっていく。
奴は左手で胸の贅肉にめり込む警棒を掴み、それをどかそうとした。
だが、警棒はピクリとも動かず、ケッチの豆粒くらいの目がカボチャの種くらいの大きさにまで見開かれていく。
身体強化魔法で補われた俺の体は、体重差を跳ねのけてケッチのパワーを凌駕していた。
「クッ、どうして……」
こと、ここに至っては、今さら仲直りなど無理な話だ。
ケッチは俺を叩きのめし、存分にケツの穴を犯したいだろうし、俺は大切な自分のお尻を全力で守るしかない。
理屈とか論理っていうのが通じない相手は、意外なほどのたくさんいるものなのだ。
言葉が通じないなら蹴るしかないよな?
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