6.監獄狼

 アルバン監獄の地下奥深く、知る人も少ない特殊監房がある。

太陽の光も届かないこの場所にあって、相良布由は久しぶりに心穏やかな時間を過ごしていた。

彼女が座る寝台の横には、妖精のキンバリーが伸び伸びとくつろいでいる。


「それにしても、なんとも殺風景な場所だねぇ」

「致し方あるまい。監獄とはそういうところだ」

「それにしたって限度ってもんがあるだろう? オイラだって長い間籠の中に閉じ込められていたけど、ここよりはよっぽどマシってもんだったぜ。世の中、上を見ればキリがないけど、下を見たって奈落の底は覗けないもんなのかもしれないねぇ」


 小さな妖精が訳知り顔で話すのが面白くて、布由はキンバリーの言葉にじっと耳を傾けていた。


「キンさんは広く世間を見ているのだな」

「それほどのこともないけどね、オイラは人間ってやつを観察するのが好きなのさ。もっともそのせいで人間にとっ捕まって、籠の中の妖精になり下がっちまったわけだけどね。ところでフユさんはどういう訳でこんなところにいるんだい?」


 バートンなら遠慮して聞けない質問を、キンバリーは単刀直入に訊いていた。


「殺人罪だ」

「ああ、あれか? スケベな看守をぶっ殺したとかいう」

「そうではない。それよりももっと前の話なのだ。私はこの国の王太子を殺した」


 キンバリーの顔面がピクピクと痙攣し、ほんの少しだけ布由から距離を取ってから震える声を絞り出した。


「そ、そうなのかい。へ~、王太子をね……。まあ、魔王をぶっ殺してるんだから、お、王太子くらい屁でもねえよな……」


 怯えるキンバリーを気にすることもなく、布由の目は遠い過去を見ていた。


「仕方がなかったのだ。力は石で封じられていたし、私は好きでもない男の子どもを産みたくはなかった」

「石? 子ども?」

「石は私が召喚された時に、アスカ国から共にもたらされた船石ふないしと呼ばれる大岩だ。どういうわけかその石の近くにいると、私の勇者としての力が制限されてしまうのだよ。この牢獄や手枷にも使われているはずだ。ただでさえ魔王を封印した時にほとんどの力は使い果たしてしまったのにな」

「じゃあ、フユさんはもう昔のような力を出せないんだね?」

「その通りだ。あれは魔王を倒すために特別に与えられた力だったのだ」

「なるほどね。じゃあ、子どもっていうのはなんだい?」


 布由は忌々し気に頭を振った。


「この国の王族は自分たちの子孫に勇者の血を入れたかったのだよ。どうやら私の能力が王族に宿ることを期待したようだ。そのために石で私の力を封じ、王太子との間に無理やり子どもを作らせようとしたのだ」

「ひでえ……」

「他に抗う術はなかった。手枷の鎖で王太子の首を絞めて殺したよ」

「フユさんは悪くねえよ! 腐っているのはこの国の王族たちの方だ。それが恩人に対する仕打ちかよ」


 憤るキンバリーを見て布由の表情が緩んだ。


「奴らはまだ諦めていないのだ。1年に1回くらい、子作りのことを打診してくる。私が牢獄で考えを変えるのを待っているのだよ。うんと年を取って、子を産めぬ体になったら私のことを解放してくれるかもしれぬな。まだまだ先のことだが」


 布由は自嘲的に笑ったが、キンバリーは憤然と立ち上がっていた。


「ふざけんな! フユさん、こんなところはとっとと脱獄しちまおう!」


 怒り狂うキンバリーに対して布由はどこまでも冷静だった。


「そうは言ってもな、私の力は封じられているし、どうやってここから出たらいいのだ? 魔封錠だけではなく、牢獄にも通路にも船石の欠片は仕込まれているのだ。この鉄格子一つ外すことはできないよ」

「今は無理でも、バートンが協力してくれればきっと大丈夫だ」

「ウルフ看守が? 彼はいい人だけに迷惑をかけるのは心苦しいな」


 微笑みに諦観ていかんをにじませた布由だったが、キンバリーは違っていた。


「さっそく今夜にでも相談してみるか。って、それにしてもバートンの奴は遅いな。そろそろ夕飯の時刻じゃないか」

「ふむ、定刻より1刻ほど遅れているようだな」

「あいつは間が悪いから、すぐに面倒ごとに巻き込まれるんだ。昔からそうなんだよ」

「ほう」

「この前もメアリーの奴が、あっ、メアリーは陰険淫乱なバートンの姉貴ね。同じ血が半分流れているとは思えないほど嫌な奴なんだ。先日、縛り首になって死んじゃったけど」

「縛り首?」

「バートンの家族はもう誰もいないんだよ」


 それまでの元気が嘘のようにキンバリーは肩を落としてバートンの身の上を説明した。

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