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 警察の受付を通すと時間がかかってしまうと考えたので、知己となっているジャガー警部を直接訪ねることにした。

警部なら俺の話に興味を持ってくれるはずだ。

ジャガー警部は階級もさることながら、騎士(サー)の称号を持っている貴族階級なので、署内のいい場所に執務室があった。



 一言も口を挟まずに俺の説明を聞いていたジャガー警部が立ち上がった。


「すぐにビンクスという男の身柄を確保しよう」


 相変わらず行動的な人だ。だが、

警部が急ぐ気持ちもわかる。

『ゾーマの約定』は禁書であり、所持しているだけで死刑となるのだが、これを持っているのはロンディアン市内に根っこを広げている秘密結社の幹部であることが多いのだ。

秘密結社なんて言うと大儀を持っていそうな感じだけど、簡潔に行ってしまえば悪魔崇拝のカルト集団だ。

奴らの目的は、悪魔による世界の破壊からの新世界創造ということになっている。

日々の暮らしに倦(う)み疲れ、閉塞感を感じている人々には魅力的に聞こえる教えなのかもしれない。

だが、実態は貧困層を巧みな言葉で騙してから、アヘンと酒を使って洗脳し、犯罪と売春を強要する裏組織だ。

地元のヤクザとも抗争が絶えないようだが、クレイジーな分だけ始末が悪い。

また、元々がカルト教団なので組織構成や本拠地が不明なのも問題だった。

つかまるのは末端の会員ばかりで、幹部クラスの構成員は滅多に見つからないらしい。


「ビンクスは念のために『ゾーマの約定』を見たポーを殺そうとしたわけですが、その慎重さが裏目に出たというわけですね」

「うん、これは組織の全貌を暴く千載一遇のチャンスだよ。ウルフ君の博識が役に立った」

「博識だなんてとんでもない」


 サリバンズ家にあった禁書目録をしょっちゅう眺めていただけのことだ。

禁書が図書館に入り込まないようにという意図から作られた本だけど、眺めているだけで結構楽しかったのだ。

サブカルチャーとか異端とかって、心をくすぐる何かがあると思う。

こんなことを言ってたいら、すぐにカルト教団に誘われてしまいそうだけど。



 すぐにジャガー警部の部下である12人の私服警官がビンクス捕縛に動き出した。


「あ、ジャガー警部」

「どうしたのかね?」

「実はビンクスの隣の家に用があるのですが」

「隣の家?」

「ほら、命を狙われたリック・ポーの家ですよ。ポーの奥さんから3300ギールを徴収しなければならないのです」


 ジャガー警部はしばらく考えてから答えを出した。


「ウルフ君、良かったら一緒に来てくれないかな? 頼みたいことがある」


 なんというか、嫌な予感しかしなかった。

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