5-3

 すぐにでもマジックスクロールを作製したかったのだが、先にインクの材料を集めなければならなかった。

日も落ちてしまったから町の商店ももう店じまいだろう。

半ば諦めていたのだけれど、無水エタノールも月下草もゲンカクリーフも医務室へ行けば全部揃うじゃないかと気が付いた。

どうせそんなにたくさんは要らないから、頼めば分けてくれるかもしれない。

なるべく優しい当直医がいますようにと祈りながら医務室へと向かった。



 俺を出迎えた当直医はロッド・メフィスト先生だった。

メフィスト先生は人当たりのいい変人で、おかしな薬の実験をするために、囚人に金をばらまいては被験者を募っているようなマッドサイエンティストだった。

まともな神経の持ち主だったら応募なんてしない危険な実験なのに、楽をして金が儲かると、囚人たちの志願者は後を絶たないそうだ。

死にかける囚人も年に何人か出たが、ブラックベリー所長は見て見ぬふりをしていた。

メフィスト先生が獄医をしているのは、被験者に困らないという理由のようだ。

そんな危ない医者なのだが、見た目だけは温厚で親切そうな紳士だった。


「君は新入りの看守君じゃないか。よく来たね。今、紅茶をいれてるから君もどうだい? それとも新開発したガスでハイになっちゃう?」

「どちらも結構です」

「そうかい? かなり気持ちよくなれると仲間内でも評判なんだよ。亜酸化窒素っていうんだけど、僕はこれに笑気ガスという名前をつけたんだ。最高なネーミングだろう?」


 どういう反応をしていいのかわからなくて、俺は曖昧な笑顔でこの場をやり過ごすことにした。


「先生、実は無水エタノールと月下草とゲンカクリーフを分けていただきたいのですが」

「ああ! 昨日は警察の捕物に付き合わされて怪我をしたんだって? ローバーさんから聞いているよ」


 クランチとの戦闘で腕を浅く切られたので、昨晩は当直医のローバー先生に診てもらったのだ。


「今日になって熱が出てきたのかな?」

「まあ……」


 メフィスト先生は薬品を俺が治療に使うと勘違いしてくれたようだ。


「いいよ、薬はすぐに出してあげよう。ただ、無水エタノールは何に使うんだい? こんなものを酒の代わりに飲んだら大変なことになるぞ。もしも、飲むなら経過を私に観察させてほしいのだが……」


 先生の目が怪しく光ったが、俺もこんなものを飲む気にはなれない。


「違います。あれです、あれ……芳香剤を作りたくて!」

「芳香剤?」

「そうなんですよ。ハーブとかの製油に無水エタノールを混ぜて作るやつです。監獄の匂いを一時的でも忘れたくて……」


 以前読んだ本の中に、そんな香料の作り方があった気がする。


「ふーん……。まあ、いいでしょう」


 メフィスト先生は俺があらかじめ用意してきたジゼルの空き瓶に無水エタノールを少しだけ入れてくれた。

必要なのは10メラノだから、これでも十分すぎるくらいの量がある。

礼を言って、変なガスを吸わされる前に医務室を逃げ出した。


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