5-2

 午後の任務が始まる時間までに27本のタバコと2本のジゼルを売ることができた。

やっぱりドワーフは酒好きだね。

それから、ホビットの囚人にレムラ茸というキノコを買ってくるように頼まれた。

キノコと言っても幻覚作用のある怪しいブツではない。

レムラ茸はホビット族の大好物で、しょっちゅう彼らの食卓に上がるようだ。

市場にいけば当たり前のように売られており、俺も何度か食べたことがある。

独特な苦みがあるけど、味は普通のマッシュルームと変わらないと思った。

ホビット族にしか感じ取れない特殊な物質でも入っているのかもしれない。

何がホビットを夢中にさせるのかは謎だが、おかげで500ギールの手間賃を貰えることになった。

合計したら、今日は1370ギールの利益だ。

これでようやく針と糸が代えそうだった。


 監獄の中の雑役(ざつえき)は、すべて囚人たちがするというのがここの鉄則だ。

だから、掃除も、食事の用意も、他の細々(こまごま)としたことさえ、囚人は自分たちでやらなければならなかった。

たとえば、髪の毛を切るのも作業を割り振られた囚人の役目だ。

男の囚人は髪の長さが3センクル以下という決まりがあるので、しょっちゅう散髪が必要になってくるのだが、素人がやるものだから、ほとんどの囚人はトラ刈り頭だった。

それでも1年以上もこの役をやっていた囚人はすっかり腕を上げて、釈放された後に本職の床屋になったなどという話もあるそうだ。

もっともこれは稀な例なのだろう。

看守は作業には加わらず、業務を監督したり、人員の配置を考えるだけだ。

その日の午後は『清掃業務』の監督をして過ぎていった。



 夕方になると用意された夕食を持って勇者様のところへ向かった。

当然のことのようにキンバリーもついてくる。

本日の夕食は囚人には一番評判の悪い臓物のパテだ。

こんなものを出さなければならないということに後ろめたい思いがしてしまうが、勇者様は特に気にした様子もなくトレーを受け取っていた。


「今回は三種類の魔法術式を用意した」


 食事に手を付ける前に、勇者様は約束のものを手渡してくれた。

魔法術式には天上文字と図形がびっしりと書き込まれていて、書き写すだけでもかなりの時間がとられそうだった。

勇者様は生真面目そうな文字を書く。

「字がお上手ですね」

「私が? 私は自分の文字が嫌いだ。神経質な性格が文字に出てしまう……」


 神経質というよりも折り目正しいといった印象を受けたが、それは言葉にはしなかった。


「ありがとうございます。これは、火炎魔法の術式ですか?」

「うむ。文字が読めるのだから、だいたい何が書いてあるかは理解できるだろう?」


 勇者様のおっしゃるとおりで、どういった魔法が書かれているかはなんとなく理解できた。

簡単な火炎魔法、初歩的な身体強化、ごく簡易な治癒魔法の三種類だった。

もっと高度なマジックスクロールも作れるのだが、その分だけ術式は長くなり、込めるべき魔力も大量になってしまうとのことだった。

さらに、少しでも文字や図形を間違うと、うまく魔法が作動しないから、最初は短めの術式を写して練習するのがいいそうだ。


「それから使用するインクの材料はこちらにまとめておいた」


一般インク 10メラノ

無水エタノール 10メラノ

月下草の粉末 3マムロンブ

ゲンカクリーフの粉末 3マムロンブ

妖精の粉 1マムロンブ

自分の血液 5メラノ


 月下草は熱さまし、ゲンカクリーフは打ち身に張るといいとされているので、どちらも薬屋で売っている。


「妖精の粉の入手が大変なのだが、ウルフ看守にはキンさんがいるから心配ないな」


 本来なら見つけるのは凄く大変だっただろう。


「でも、キンバリーのどこから妖精の粉が出るの?」


 キンバリーの羽は透き通っていて、鱗粉などはなさそうだ。


「妖精の粉か? こうすると出てくるぞ」


 キンバリーはいきなり髪の毛をガシガシとこすりだした。

すると淡く七色に光る粉が舞い散りだす。


「フケ? フケなのか⁉」

「違うわ! 妖精はフケとかアカとか、人間のような汚いものは出さないんです! 失礼なことを言うバートンには分けてやらん!」

「だってさぁ……」


 どう見てもフケに見えるでしょう? 

勇者様は俺たちの様子をさも可笑しそうに微笑みながら見ていた。

この人の笑顔を初めて見たかもしれない。


「慣れてきたら、もう少し複雑な術式も伝授しよう。それまではそれを使って修練するといい。ちなみに他の人間に見せても構わないぞ。どうせ生まれながらの才に恵まれたお主にしかマジックスクロールは作れないからな」

「なんとお礼を言っていいかわかりません。私にできることなら何でもして差し上げますので、なんなりと申し付けて下さいね」

「……ど、どうせ時間だけはたっぷりあって退屈していたのだ。気にすることはない」


 ぶっきらぼうにそう言った勇者様だったが、どこか嬉しそうでもあった。


「そうそう、お主の貸してくれた『キラービーを見つけたら』を読み始めたが、なかなか面白いぞ、あれは。今はバークレー渓谷の岩肌にできた蜂の巣を熊鷲(くまわし)に攻撃させようと計画しているところで――」


 時間の許す限り、本の話題で勇者様と盛り上がった。


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