5.とあるパン屋の災難 5-1

 目が覚めるとちょうど昼時だった。

監獄では朝晩の食事しか用意されないけど、休憩所に行けば紅茶くらいは飲ませてもらえる。

エベントに言わせれば馬のションベンくらい不味いのだが、ミルクと砂糖を入れれば飲めないこともない。

もっとも砂糖は自分で用意しないとならないのだが。

なにか軽食を食べたいところだけど、バターブレッドの最後の一欠けらは、俺のベッドで腹を出して眠っている妖精が食べてしまった。

新しいビスケットを買おうにもお金がない。

そもそも服を繕う針と糸もまだ用意できていないのだ。

靴下の親指のところは穴が空いたまんまだし、シャツは袖のところが切れている。

それなのに財布の中身は300ギールのままだった。

裏の商売に精を出すしかないか……。

タバコの入った紙箱をポケットに忍ばせると、寝ているキンバリーを起こさないようにベッドから抜け出した。



 官舎からでて、監獄の中へ入ろうとしたら、ちょうど新しい囚人の受け入れをしているところだった。

黒い聖女からは次々と囚人たちが降ろされている。


「リック・ポー!」


 名前を呼ばれた人族の男が、腕と首につけられた鎖を看守に引っ張られていた。


「リック・ポーか?」

「違うんです、旦那! あっしは何にも悪いことなんてしてないんで」

「そんなことは判事様に談判(だんぱん)しな。俺はただの看守だ」


 涙を流しながらポーという男は訴えていたが、これは囚人受け入れの時はよく見る光景だ。

自分は無実だと叫ぶ囚人は山ほどいる。

だが、このポーほど大声で叫ぶ囚人も珍しかった。

痩せた体を大きく振り回して、自分の無罪を訴えている。

同僚のマシューが脇に立っていたので声をかけた。


「やあ、今日は一段と賑やかだね」

「よう、ウルフ。夜勤明けか?」

「うん。あの男はなんだい?」

「あれか? まだ未決囚なんだが、ちょっと面白いぜ」


 マシューは囚人たちのファイルをまわしてきた。

罪状を読むと、ポーは詐欺罪で訴えられていたのだが、その内容は一風変わっていた。



 リック・ポーはルボント街でパンを商う露天商だったが、その売り方というのが少しばかり特殊だった。

ポーが扱うのは二種類の丸パンで、大きい丸パンが310ギール、小さな丸パンが110ギールと、平均的な露店のパンより10ギールだけ高く売られていた。

ところがこのパンがよく売れた。

特に味が良かったわけでも、パンが大きかったわけでもない。

ただ、ポーの店でパンを買った客はクジを引くことができたのだ。

そして、当りが出ると、買ったのと同じ丸パンがもう一つもらえるという仕掛けだった。

ロンディアン市民は賭け事が好きな人間が多く、この商法は当たって、ポーの露店はかなり繁盛したらしい。

だが、クジを引けども、引けども、当りを出す客は滅多にいなかったようだ。

そして常連だった何人かがついに怒りを爆発させ、官憲に訴え出たというのが事の顛末だった。


「そのクジってやつだけどよ、スパゲッティーの先に赤い印の付いているのが当りだったらしいぜ。スパゲッティーは全部で150本あったんだが、当りクジは1本だけだったんだと」


 150分の1の確率では滅多に当りは出なかっただろう。


「でもさ、当りクジは入っていたんだろう? これって有罪になるのか?」

「さあな。判事次第じゃないのか」


 法律なんてあってないようなもので、判決は判事の気分次第というのが現実だ。

もっとも、この程度の罪なら罰金プラス入牢1週間くらいで済むのだろう。

風呂場へと引っ張られていく囚人たちを横目に、俺は監房へと急いだ。

一本でも多く酒とタバコを売りたかったのだ。

俺も当たりクジ付きのタバコでも売ってみるか? 

囚人は賭博に目がないから売り上げは倍増するかもしれない。

だけど、同時に暴動が起きる確率だって高まりそうだから止めておこう。

やっぱり堅実が一番だ。

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