4-4

 勇者様の朝食はミルクティーとロールパン、それから大豆の塩茹でだけだった。

一般囚には大豆の塩茹ではつかないので、朝食だけは特別ともいえるのだが、それにしたって粗末な内容だ。


「おはようございます。お水とお食事をお持ちしました」


 手や顔を洗うための水を桶に一杯と、食事のトレーを運ぶのが朝の仕事だ。


「おはよう。ところで、ウルフ看守の後ろに隠れているのは何者だ?」


 さすがは勇者様だ。

もうキンバリーの存在に気がついている。


「おい、バートン。このネエちゃんは凄いぞ。どうしてオイラの存在に気がついたんだろうね?」

「こらっ、失礼な口をきいたらダメだ」

「ほえー、美人だし、スタイルはいいし、賢そうだし、気は強そうだし、バートンの好みのど真ん中じゃ、ムグッ」


 空中を飛ぶキンバリーを大慌てで捕まえて口を塞いだ。


「失礼いたしました、勇者様! どうも妖精というのは口(くち)さがない種族でございまして。時々わけのわからないたわごとを吐く癖もございます」


 勇者様はあっけにとられたように、ぽかんと俺たちをみつめたままだ。

俺が必死にその場を取り繕っていると、指の束縛から抜け出したキンバリーが再び口を開いた。


「勇者様だって!? これが魔王を倒した勇者様! 知らなかった、この人間動物園にはどんな人間でも閉じ込められているんだな。はっきり言って舐めてたよ。こりゃあ、探せば王様や大神官長様だっているかもしれないぞ!」


 地下監房にキンバリーの声がこだました。


「お騒がせして申し訳ございません」

「いや、いいのだが……、ウルフ看守よりよく喋る生物がこの世にはいるのだな」


 俺はそんなに饒舌(じょうぜつ)ではないと思うけど……。


「オイラは妖精族のキンバリー、ここにいるバートン坊やの保護者ってところだ」

「う、うむ。相良布由だ」


 ごく気安い口調でキンバリーが勇者様に話しかけていた。


「へ~、フユさんが名前でサガラさんが家名だって? 変わってるねぇ。まあ、一つよろしく頼むよ。オイラのことはキンさんとでも呼んでくれ」

「キンさん……」

「なにか変かい?」

「そうではないが、私の故郷では金さんと呼ばれる行政長官が有名なのだ」

「へえ、どんな人?」

「義理の弟に家督(かとく)を譲るため、背中一面に桜吹雪さくらふぶきのタトゥーを入れてしまったようなお人だ」

「かぁーっ、そいつは粋じゃないか! 聞いたか、バートン? 天上界でもキンさんはイカシタ奴の代名詞さ」


 なんだかわからないけど、キンバリーと勇者様が気安く喋っているのが羨ましかった。


「勇者様、紅茶が冷めない内にお召し上がりください」

「そうだな。ところで、紙とペンは持ってきたか?」


 待ってましたとばかりに、持参した文房具を鉄格子から渡していく。

ついでに本も勧めておいた。


「獄中では退屈するでしょう。よろしかったら読んでみてください」

「うん……」

「あっ、天上語で書かれていなければだめでしたか?」

「いや、そんなことはない。この世界に転移してくるときに言語スキルは手に入れている」

「それはよかった。もしお気に召さなかったら違うジャンルの本を持ってきますからね」

「バートンは本ばっかり読んでいるんだぜ。何がそんなに楽しいんだかね?」


 キンバリーがまた余計な茶々を入れてくる。


「本は人生の旅行案内書みたいなものさ。自分とは違う人生を体験すれば、おのずと世界に詳しくなるというものだろう」

「私には戦いしかない人生だったな……」


 勇者様がポツリと言葉を漏らした。


「これからはいろいろな本を読んでみるよ。そうすれば自分がどうありたいかについて少しはわかるようになるかもしれない」


 いつになく勇者様の顔が晴れ晴れしていたような気がした。


「さて、私はいったん引き上げますね。また夕方に参ります」

「うん。その時までに簡単な魔法術式をいくつか用意しておこう」


 これで俺も魔法が使えるようになるわけだ。

どんな魔法を教えてくれるのだろう? 

すぐにでも聞いてみたかったけど、楽しみは後に取っておくことにした。



 部屋に戻ると、すぐにベッドにもぐりこんだ。

火の4刻(15時くらい)までは休憩時間だ。

仮眠はしたけど4時間足らずなので、すぐにでも寝られそうな気分だった。

ふと横を見るとキンバリーは既に気持ちよさそうな寝息を立てている。

その寝姿に一気に緊張が解けるような気がして、俺はそのまま眠りに落ちた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る