4-3

 当直が終わると、ピーターは眠い目をこすりながら自室に引き上げていったが、俺はまだ眠るわけにはいかなかった。

これから勇者様の朝食を持っていかなければならないのだ。


「なんだい、まだ仕事が残っているのか? つくづくブラックな職場だぜ」


 俺の襟元でずっと熟睡していたのに、キンバリーは大あくびをしている。


「まだ、特別任務が残っていてね。先に部屋で休んでいなよ」

「……」


 キンバリーはキラキラと光るつぶらな瞳をじっと俺に据え付けてきた。


「あやしい……」

「何がだよ?」

「夜勤明けの仕事なのに、やけに嬉しそうな雰囲気を出している……」


 なんて恐ろしい妖精なんだ! 

こいつ、人の心が読めるのか?


「バートン、何か隠しごとをしているな!」


 そんなことを聞かれても、勇者様のことは他言無用と厳命されている。

いくら気心の知れたキンバリーが相手とは言え、易々と打ち明けられるものでもない。


「正直に言え。どこか楽しいところに行くんだろう?」


 すっかり勘違いをしているようで、言い訳するのも難しそうだ。


「そんなことないよ。特別房に収容されている囚人に食事を届けに行くだけなんだ」

「だったら俺も行く!」


 言い出したら聞かない性格なので、キンバリーが再び襟元に潜り込むのを好きにさせておいた。

食事を取りに行く前に、勇者様に言われていた紙とペンを用意してポケットに滑り込ませる。

それから、お気に入りの本も三冊用意した。

『キラービーを見つけたら』『コボルトを愛した男』『ソーメン666』。

『キラービーを見つけたら』は蜂蜜採取に命を懸けた男の話で、『コボルトを愛した男』は異種族恋愛をテーマにした社会派小説、『ソーメン666』は今流行のネオホラーと呼ばれるジャンルだ。


「なあ、バートン」


 本をジャケットの内ポケットに隠していると、キンバリーが耳元で声をかけてきた。


「囚人の食事を運ぶのに本を持っていくのか?」

「ちょっと事情があるんだよ」

「ふーん……なあ」

「なんだよ?」

「お前の秘蔵本、『愛の聖典 四十八の形』は持っていかないのか?」

「バっ!? バカか! あれは人目に晒していい本じゃないんだぞ!」


 一応学術書だけど、内容は愛の営みについて書かれた書物だ。

そんなものを勇者様の目にいれたら殺されてしまうかもしれない。

それに、今ではあれは神殿の意向で禁書扱いになっていて、持っているだけで罰を受ける可能性もある。

もともとはサリバンズ家の図書室にあったのだが、焚書処分(ふんしょしょぶん)になりかけていたのを、俺が手を廻して秘匿していたのだ。

他にも焼かれた本は何冊かあったのだが、助けてやれたのはそれだけだった。

親父殿は禁書を隠してまで持っていようとはしなかった。

万が一政敵に見つかったら、追い落としの材料にされてしまうからね。

書物より権力の方が大切だったのだ。

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